1980年の日本レコード大賞をめぐり、五木ひろしと八代亜紀が激しく競い合った「五八戦争(ごっぱちせんそう)」。昭和の歌謡界を象徴する賞レースとして、今も語り継がれています。
五木の「ふたりの夜明け」と八代の「雨の慕情」がぶつかり、レコ大は決選投票に。勝利したのは八代亜紀でした。しかし、当の2人は売れる前からの知り合いで、五木は後年「戦っていたのはレコード会社や事務所」と振り返っています。
一体どれほど激しい争いだったのでしょうか。当時の票数や業界の舞台裏、意外な友情までたどります。
五八戦争とは?1980年のレコード大賞をめぐる争い
「五八戦争」は、五木ひろしの「五」と八代亜紀の「八」を組み合わせた呼び名です。1980年、両者が年末の音楽賞をめぐって競り合ったことから広まりました。
当時のレコード大賞は、歌手だけでなく所属事務所やレコード会社にとっても大きな意味を持つ賞。五木は1973年に「夜空」で大賞を受賞しており、1980年には2度目の栄冠を目指していました。一方の八代は、ヒット曲を重ねながらも大賞はまだ獲得していませんでした。
決選投票は36対23で八代亜紀が勝利
1980年12月31日の第22回日本レコード大賞。日刊スポーツが振り返った当時の審査結果によると、審査員59人による最初の投票は「雨の慕情」28票、「ふたりの夜明け」21票でした。
ほかにも五輪真弓の「恋人よ」が6票、もんた&ブラザーズの「ダンシング・オールナイト」が3票、都はるみの「大阪しぐれ」が1票を獲得。過半数の30票に届く作品がなかったため、上位2曲による決選投票に進みました。
| 投票 | 八代亜紀 | 五木ひろし |
|---|---|---|
| 第1回 | 28票 | 21票 |
| 決選 | 36票 | 23票 |
結果は八代亜紀の勝利。八代は初のレコード大賞を獲得し、受賞発表では涙を流しました。あの「雨の慕情」の大ヒットとともに、昭和歌謡史に残る瞬間となったのです。
レコード会社や事務所まで巻き込む総力戦に
なぜ「戦争」とまで呼ばれたのでしょうか。日刊スポーツは、双方のレコード会社や事務所のスタッフが大賞獲得に向けて総力を挙げたと伝えています。
当時の業界関係者が審査員を取り巻く働きかけを語った報道もあります。ただし、こうした証言をもって1980年の審査結果に不正があったと決めつけることはできません。
それでも、賞を取ることが歌手とスタッフにとって大きな目標だった時代。本人同士の勝負に加え、周囲の期待や思惑が対決をさらに熱くしていたのでしょう。
実は仲が良かった五木ひろしと八代亜紀
激しいライバルとして注目された2人ですが、関係は決して険悪ではありませんでした。
銀座のクラブで出会った「謙ちゃん」と「亜紀ちゃん」
2人の出会いは、まだスターになる前の銀座のクラブ「エース」。五木は当時「三谷謙」の芸名で活動し、八代も歌手として下積みを重ねていました。
五木は八代の歌声を高く評価し、関係者に紹介したこともあったといいます。その後、五木は「よこはま・たそがれ」、八代は「なみだ恋」で大きく飛躍しました。
八代は五木を昔の芸名から「謙ちゃん」と呼び、五木も「亜紀ちゃん」と呼んでいました。売れない時代を知る先輩と後輩だったのです。
五木本人が明かした「五八戦争ではなく五六戦争」
2024年1月の「GOETHE」のインタビューで、五木は「五八戦争」について、実際にはレコード会社や事務所のレースだったと説明しました。
2人の間では、むしろ「五六戦争」だと話していたそうです。「五」は五木プロモーション、「六」は当時、八代が所属していた六本木オフィスのこと。本人同士の争いというより、事務所やレコード会社がしのぎを削る賞レースだった、と五木は振り返っています。
とはいえ、勝負に対する思いがなかったわけではありません。五木は2017年のテレビ番組で、敗れた悔しさがその後の努力につながったと振り返っています。1984年には「長良川艶歌」で2度目のレコード大賞を受賞しました。
紅白歌合戦でも対決!そして晩年まで続いた交流
1980年の大みそか、2人の競演はレコード大賞だけでは終わりません。同日の第31回NHK紅白歌合戦でも、五木は白組のトリ、八代は紅組のトリを担当。最後に歌ったのは八代で、2年連続の大トリとなりました。
レコ大の受賞と紅白の大トリが同じ日に重なったことで、「五八戦争」はいっそう印象深い出来事になりました。
その後も2人は歌番組などで共演を重ねました。五木は2023年12月30日に八代が亡くなった後、下積み時代から50年以上にわたり頑張る姿をそばで見てきたとして、敬意と哀悼の思いを表しています。
世間が「戦争」と呼んだ賞レース。しかし、その裏には互いの実力を知り、長く歩みを見守った2人の関係がありました。
勝敗だけでなく、その後の人生まで振り返ると、五八戦争は昭和の音楽界の熱気と、歌手同士の絆を同時に物語るエピソードだったことがわかります。
