2026年8月7日にデビュー30周年を迎えたEvery Little Thing(ELT)。持田香織さんと伊藤一朗さんの姿を見て、「最初は3人だったよね」と思い出した方もいるのではないでしょうか。
初期のELTを支えたのが、キーボードと楽曲制作を担当した五十嵐充さんです。数々のヒット曲を生み出しましたが、2000年にグループを離れています。
なぜ脱退したのか、持田さんとは不仲だったのか。そして、再び3人で活動する可能性はあるのか。本人の発言や脱退後の共演をもとに整理します。
ELT五十嵐充はなぜ脱退した?制作活動に専念するため
五十嵐充さんの脱退理由として報じられているのは、作曲・編曲やプロデュースの仕事に専念するためです。
エイベックスのクリエイター紹介によると、五十嵐さんは2000年3月、3枚目のアルバム『eternity』のリリース後にELTを脱退しました。グループの活動期間でいえば、デビューから約3年半のことです。
初期ELTの音楽を作った中心人物
ELTは1996年に「Feel My Heart」でデビュー。当初は、次の3人で活動していました。
| メンバー | 主な担当 |
|---|---|
| 持田香織 | ボーカル |
| 伊藤一朗 | ギター |
| 五十嵐充 | キーボード、作詞・作曲・編曲、サウンドプロデュース |
五十嵐さんは「Time goes by」などを手がけた、初期サウンドの中心人物でした。演奏するだけでなく、ELTの楽曲を形にする役割を担っていたのです。
結成のきっかけにも五十嵐さんが関わっています。エイベックスのインタビューで伊藤さんは、五十嵐さんから持田さんのデモテープにギターを入れてほしいと頼まれ、それがELTの結成につながったと説明しています。
そのため、五十嵐さんの脱退は、残された2人にとって音楽制作の土台が変わる大きな出来事でした。
持田香織と伊藤一朗も当初は戸惑っていた
2015年の『ZIP!』出演を伝えたRBB TODAYの記事では、持田さんが、五十嵐さんの楽曲や歌詞がなくなったときにELTとして成立するのか不安だったと振り返っています。伊藤さんも、音楽の中心を担う人が抜けることへの戸惑いを明かしていました。
ただし、残ったメンバーが驚いたことと、人間関係の悪化が脱退の原因だったことは別です。
確認できる説明は、あくまで制作活動への専念。持田さんとの対立が原因だったと裏付ける、信頼できる情報は確認できませんでした。
持田香織との現在の関係は?脱退後にも制作とライブで再共演
2026年9月時点で、2人が日常的にどのくらい連絡を取り合っているのかまでは公表情報から分かりません。
一方で、脱退後も楽曲制作やライブで一緒に活動した実績があります。「脱退したまま関係が切れてしまった」というわけではありません。
2009年にはELTの楽曲制作に再参加
五十嵐さんは、2009年9月23日発売のシングル「DREAM GOES ON」で作曲・編曲を担当しました。
エイベックスの公式プロフィールにも、2009年にELTのサウンドプロデュースを再び担当したことが記されています。
ここで押さえておきたいのは、楽曲制作に戻ることと、正式メンバーとして戻ることは同じではないという点です。
このときの参加は、2人体制のELTに五十嵐さんが制作面で関わる形でした。初期の3人が、以前とは違う立場でも音楽を作れたことが分かります。
2010年には持田香織の誕生日をケーキで祝った
2009年の「a-nation」に続き、2010年3月28日には東京国際フォーラムで行われたELTのツアー最終公演にも五十嵐さんが登場しています。
ORICON NEWSによると、五十嵐さんは3月24日に誕生日を迎えた持田さんのため、バースデーケーキを持ってステージへ。単独ライブで初期メンバー3人がそろうのは、1998年のツアー以来でした。
持田さんも、それぞれが音楽を続けてきたからこそ再会できたという趣旨のコメントを残しています。
もちろん、この共演だけで現在の私生活まで分かるわけではありません。それでも、脱退後に一緒に作品を作り、誕生日を祝う場面もあったことは、不仲説を考えるうえで外せない事実です。
持田香織は後年にも五十嵐充への感謝を口にしている
2019年11月のJ-WAVE『GROOVE LINE』でも、持田さんは五十嵐さんの脱退当時を振り返りました。
伊藤さんと2人でどう活動していくか悩んだものの、長く続けられた2人の相性について話すなかで、五十嵐さんへの感謝にも触れています。
こうした発言を踏まえると、「持田さんと不仲だから一緒に活動できない」と決めつけるのは無理があります。公の場で確認できるのは、脱退後の協力と、かつての仲間への感謝です。
五十嵐充が正式復帰しない理由は?現在の活動と30周年の可能性
五十嵐さんがELTに正式復帰しない理由について、本人やELT側が明確に説明した情報は、今回確認した公式情報・インタビューでは見つかりませんでした。
そのため「戻りたくない」「持田さんが断っている」などと断定はできません。ただ、これまでの活動をたどると、正式復帰をしなくても音楽で関われる関係を築いてきたことが分かります。
五十嵐充は現在も音楽クリエイターとして紹介されている
2026年9月時点で、五十嵐さんはエイベックスのクリエイターセクション「Blue Bird’s Nest」に掲載されています。
公式プロフィールには、ELT脱退後にdream、day after tomorrow、GIRL NEXT DOORなどのサウンドプロデュースに関わった経歴が記載されています。
1969年5月17日生まれで、2026年9月現在は57歳。テレビで見かける機会だけでは近況が分かりにくいものの、公式にはサウンドプロデューサーとして紹介されています。
ただし、プロフィールだけで最近の制作本数や仕事の頻度まで分かるわけではありません。現在の具体的な仕事量や収入については、確認できる情報がありませんでした。
ELTは2人で続ける形を育ててきた
一方のELTも、五十嵐さんの脱退後、2人で活動する道を歩んできました。
2024年の『STORY』のインタビューで持田さんは、脱退後のツアーを伊藤さんと乗り切った経験が自信になり、「fragile」のヒットが活動を続けるうえで転機になったと振り返っています。
伊藤さんもエイベックスのインタビューで、脱退当初は不安だったものの、代わりのメンバーを入れる発想にはならなかったと話しています。
ここからは考察ですが、ELTが2人で積み重ねた歴史と、五十嵐さんが制作側で歩んだ経歴があるため、必ずしも3人の正式メンバーに戻ることだけが自然な形とは限らないのでしょう。
過去に実現したように、楽曲単位での参加や、ライブでのゲスト共演という関わり方もあります。
30周年で3人の再共演はある?
ELTは2026年8月7日にデビュー30周年を迎え、公式特設サイトを公開しました。楽曲と思い出を募集する「My ELT Memories」や、シングルのアナログレコード化などの記念企画が進められています。
ただし、2026年9月14日時点で確認した公式サイトと30周年特設サイトでは、五十嵐さんの正式復帰や3人での新たな公演は発表されていません。
30周年だから復帰すると決まっているわけではありませんが、過去には脱退後の再共演も実現しました。今後の参加が発表された場合には、「正式復帰」「楽曲提供」「ゲスト出演」のどれなのかを確かめたいところです。
3人で生み出した初期の名曲も、2人で歩みながら届けてきた曲も、今のELTにつながっています。30周年を機に聴き返すと、それぞれの時代の魅力をあらためて感じられそうです。
