2026年10月30日放送の『徹子の部屋』で、俳優の大空眞弓さんが坂本九さんと柏木由紀子さんの結婚にまつわる思い出を語りました。
なんと、大空さんは二人の仲を取り持つ「キューピッド」のような役割を果たしていたそうです。きっかけは、4人で出かけたスキー旅行中の思わぬ車のパンクでした。
一方、柏木さんは以前、坂本さんからもらった電話番号を約1年間使わなかったと明かしています。そんな二人は、どのように結婚へ進んだのでしょうか。
坂本九と柏木由紀子の結婚に大空眞弓が一役?
2026年10月30日の『徹子の部屋』に出演した大空眞弓さんは、若い頃の坂本九さんとの交流を振り返りました。
坂本さんと大空さんの元夫・勝呂誉さんは親友同士。家も近く、家族ぐるみで親しく付き合っていたといいます。
大空さんが最初の子どもを妊娠したときには、坂本さんが家にやってきて、真っ先にお祝いしてくれたこともあったそうです。
大空さんにとって坂本さんは、いつも笑顔で周囲を明るくする人。だからこそ、柏木さんにもその魅力を伝えたかったのでしょう。
4人のスキー旅行で車がパンク!車内で何があった?
二人が結婚する前、大空さん、勝呂さん、坂本さん、柏木さんの4人でスキーに出かけたことがありました。
ところが途中で車がパンク。大空さんと柏木さんは車内で待つことになりました。
当時、坂本さんが柏木さんに強い好意を寄せていると知っていた大空さんは、二人きりになった車内で坂本さんの人柄を熱心に紹介したそうです。
「あんないい人はいないのよ」と伝え、坂本さんのような人と一緒になれば幸せになれると勧めたと振り返っています。
車のトラブルで生まれた待ち時間が、思いがけず恋の後押しになったというわけです。
大空眞弓の一言が結婚の決め手だった?
大空さん自身は、自分の言葉が結婚の直接のきっかけだったかどうかはわからないと話しています。
ただ、坂本さんの気持ちが柏木さんに届いたのではないか、と当時を懐かしんでいました。
番組では柏木さんからのメッセージ映像も紹介され、大空さん夫妻に仲を取り持ってもらったという趣旨の話が伝えられています。
大空さんが一人で二人を結び付けたと断定するより、親しい友人たちの応援が恋を後押ししたと捉えるのが自然でしょう。
坂本九と柏木由紀子の馴れ初めは?電話番号を1年間使わなかった
実は、坂本九さんと柏木由紀子さんの恋愛は、最初から順調に進んだわけではありません。
柏木さんは2021年に出演したラジオ番組で、二人が撮影所で出会ったときのことを語っています。
当時、別々のドラマを撮影していた二人。坂本さんは柏木さんに一目ぼれしたといい、撮影所の喫茶店で電話番号を書いたメモを渡しました。
ところが柏木さんは、用事もないのに電話するのは気が引けたようで、約1年間その番号を使わなかったそうです。
今ならSNSで気軽に連絡できるかもしれませんが、当時は電話が中心。坂本さんにとっては、ずいぶん長い待ち時間だったはずです。
大阪の劇場で再会し、交際へ
転機になったのは、約1年後の大阪での出来事でした。
柏木さんが仕事で大阪を訪れた際、坂本さんが梅田コマ劇場に出演していることを知り、思い切って陣中見舞いに行ったのです。
坂本さんはとても喜び、再び電話番号を渡したといいます。
その後、坂本さんから電話がかかってきて、家が近かったこともあり、行き来するようになったそうです。
一度は1年間止まっていた二人の関係が、大阪での再会をきっかけに動き始めました。
坂本九と柏木由紀子はいつ結婚した?
坂本九さんと柏木由紀子さんは、1971年12月8日に結婚しました。
坂本さんのレコード会社・ユニバーサル ミュージックの公式年譜によると、同年8月23日に高輪プリンスホテルで婚約を発表し、12月8日に笠間稲荷で結婚しています。
大空眞弓さんが語ったスキー旅行の出来事は、この結婚前の交際期に起きたものです。
出会いから結婚までには、坂本さんの積極的な思い、柏木さんの大阪での再会、そして友人たちの応援が重なっていたのですね。
二人の子どもは?娘たちも芸能活動
坂本さんと柏木さんの間には、二人の娘が生まれました。
長女は歌手の大島花子さん、次女は舞坂ゆき子さんです。
大島さんは歌手として活動し、舞坂さんは宝塚歌劇団での活動を経て、犬の洋服のデザインなどを手掛けてきました。
柏木さんは娘たちとともに音楽活動を行ったこともあります。坂本さんが残した歌や思い出は、家族の中でも大切に受け継がれてきました。
柏木由紀子が語る坂本九の素顔とは?
「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」などの名曲で知られる坂本九さん。
柏木さんは2025年10月放送の『徹子の部屋』で、夫の意外な一面を紹介しています。
坂本さんは人を褒めるのも、話を聞くのも上手な人だったそうです。
また、当時の男性には珍しく、ゴルフやテニスなどにも妻を一緒に連れて行き、何でも二人で楽しもうとする人だったと振り返っています。
大空さんが車内で柏木さんに熱心に伝えた「九ちゃんのいいところ」。こうした夫婦の思い出を知ると、その言葉にも説得力があります。
1985年の事故後も続く家族の思い
坂本九さんは1985年8月12日、日本航空123便の墜落事故で43歳の若さで亡くなりました。
柏木さんはその後も、坂本さんとの思い出や家族の絆をさまざまな場で語り続けています。
2025年10月20日放送の『徹子の部屋』では、二人で取り組んでいたバッグ作りの思い出も紹介しました。
第2弾の制作を進めていたときに事故が起こり、長い間その夢が止まったままになっていたそうです。40年の節目を迎え、柏木さんは再び材料をそろえ、バッグ作りを再開したと明かしました。
大空眞弓と勝呂誉、坂本九との友情も深かった
今回の『徹子の部屋』では、坂本九さんと親しかった勝呂誉さんについても語られました。
勝呂さんは大空さんの元夫で、坂本さんとは若い頃からの親友。スキー旅行も、そんな気心の知れた仲間同士だったからこそ実現したのでしょう。
勝呂さんは2026年1月23日に肺がんのため亡くなりました。所属事務所の松竹芸能が同年3月に公表しています。
大空さんは現在、東京と沖縄・石垣島を行き来する暮らしを送りながら、懐かしい友人たちとの思い出を大切にしています。
坂本さんの曲「見上げてごらん夜の星を」を思い出すこともあるそうです。
まとめ:大空眞弓の後押しが坂本九と柏木由紀子の恋を支えた
2026年10月30日の『徹子の部屋』で、大空眞弓さんは坂本九さんと柏木由紀子さんの結婚前の秘話を語りました。
4人で出かけたスキー旅行中、車がパンクしたことで柏木さんと二人きりになった大空さん。その時間を使って、坂本さんの魅力を熱心に伝えたといいます。
柏木さん自身も、大空さん夫妻に仲を取り持ってもらったことを振り返っています。
一方で、坂本さんと柏木さんの馴れ初めには、電話番号を1年間使わなかったことや、大阪での再会といったエピソードもありました。
1971年の結婚から半世紀以上。友人たちが語る思い出を通じて、坂本九さんの温かな人柄が今も伝わってきます。