2026年10月26日、木村拓哉さんが千葉県庁を訪れ、豪雨や台風で被災した千葉県に義援金2,000万円の目録を手渡しました。
「木村拓哉って千葉出身だったの?」と思った人もいるかもしれません。実は東京都生まれながら、小学校入学から高校1年生まで千葉で育ったそうです。
一方、元SMAPの中居正広さんも、長年にわたり被災地への寄付や炊き出しを続けてきました。2人の活動には、どんな共通点があるのでしょうか。
木村拓哉は千葉出身?幼少期から高校時代まで過ごした
木村拓哉さんは1972年11月13日、東京都生まれ。出生地と育った場所は違い、千葉県には小学校入学から高校1年生まで住んでいました。
今回の訪問では、千葉を「自分の基盤をつくった場所」と表現。子どもの頃は自転車であちこち出かけていたそうで、印旛沼まで足を延ばした思い出も明かしました。
その印旛沼周辺で堤防が決壊した映像を見て驚いたという木村さん。かつて遊びに行った場所の被災は、ひときわ胸に迫るものがあったのでしょう。
現在も千葉県内で海やゴルフを楽しむことがあるといい、千葉との縁は大人になってからも続いています。
千葉への義援金2000万円は木村拓哉の個人寄付ではない
今回のニュースで誤解したくないのが、義援金の出どころです。
2,000万円は木村さん個人が拠出したお金ではなく、一般社団法人Mindfulの被災地支援活動「Cheerful Project」によるもの。旧ジャニーズ事務所の社会貢献活動「Smile Up ! Project」を引き継ぐ取り組みです。
木村さんはプロジェクトに賛同するSTARTO ENTERTAINMENT所属の俳優として千葉県庁を訪れ、熊谷俊人知事に目録を手渡しました。
義援金は2026年8月の千葉豪雨と9月の台風25号による被災者に向けたもの。亡くなった人の遺族、重傷者、住家に大きな被害を受けた世帯などに見舞金として届けられる予定です。
木村さんは、もっと早く支援したい思いもあったものの、受け入れ側の体制が整うことも大切だと説明しています。支援する側の気持ちだけで動くのではなく、被災地の状況を考えて時期を決めたことが伝わります。
中居正広も寄付を続けていた!能登半島地震では3000万円
被災地支援を続けてきた元SMAPメンバーといえば、中居正広さんもよく知られています。
2024年1月には、能登半島地震の支援のため3,000万円を寄付したと報じられました。寄付先は稲垣吾郎さん、草彅剛さん、香取慎吾さんの「新しい地図」と日本財団が共同で立ち上げた「LOVE POCKET FUND」です。
SMAP解散後、それぞれの道を歩んでいたメンバーたちが、被災地支援という形でつながっていたことも印象的でした。
中居さんは東日本大震災や熊本地震、新型コロナウイルスの感染拡大時にも寄付や支援を行ってきました。2021年には寄付活動によって紺綬褒章を受章しています。
寄付額については、2021年時点で長年の累計が2億円以上にのぼるとの週刊誌報道もありました。ただし、これは本人が全寄付額を公表した数字ではないため、報道上の推計として見る必要があります。
木村拓哉と中居正広は熊本地震でもそれぞれ炊き出し
2人の支援活動で共通するのは、お金を届けるだけではなく、被災地にも足を運んできたことです。
2016年の熊本地震では、中居さんが現地で炊き出しに参加。その後、木村さんも石原プロモーションによる炊き出しに参加しました。
木村さんは長瀬智也さん、岡田准一さんらとともに熊本県益城町を訪問。中居さんとは別の活動でしたが、同じ被災地をそれぞれの方法で支えていたのです。
また、木村さんは能登半島地震の被災者支援にも参加してきました。今回の千葉への訪問も、こうした活動の延長線上にあるといえそうです。
もちろん、2人が共同で寄付を行ったわけではありませんし、寄付額を比べて優劣をつけるものでもありません。
ただ、SMAP時代から長い時間を過ごしてきた2人が、別々の立場になっても社会貢献を続けてきたことには、共通する姿勢を感じます。
まとめ|木村拓哉にとって千葉は「自分の基盤」をつくった場所
木村拓哉さんは東京都生まれですが、小学校から高校時代の途中まで千葉県で育ちました。今回の義援金贈呈では、幼少期の思い出とともに被災地への思いを語っています。
一方、中居正広さんも、能登半島地震への3,000万円の寄付をはじめ、長年支援活動を続けてきました。
木村さんが手渡した2,000万円はプロジェクトからの義援金であり、中居さんの個人寄付とは性格が異なります。それでも、被災地を思い、行動に移してきた2人の歩みには注目したいところです。
