元巨人・條辺剛の現在は?うどん屋の場所・メニューと引退後の人生

元巨人の中継ぎ投手として活躍した條辺剛(じょうべ・つよし)さん。24歳でユニフォームを脱いだ後、現在は埼玉県ふじみ野市で「讃岐うどん 條辺」を営んでいます。

2008年4月に開業した店は、2026年で18年目。2026年10月の訪問記事でも、週末にお客さんが次々と訪れる様子が紹介されました。野球ファンだけでなく、うどん好きにも親しまれる一軒です。

なぜ若くして引退し、うどん職人になったのでしょうか。お店の場所やメニュー、妻との修業生活、長嶋茂雄さんとのつながりまで振り返ります。

目次

元巨人・條辺剛の現在は45歳!讃岐うどん店の店主に

條辺剛さんは1981年6月8日生まれ、徳島県出身。2026年10月現在45歳です。1999年のドラフト5位で巨人に入団し、2000年から2005年まで投手として在籍しました。

引退後は香川県高松市の「中西うどん」で約2年間修業し、埼玉県ふじみ野市の上福岡駅近くに自身の店を開きました。

「元巨人の選手が経営する店」という話題性で知られるようになりましたが、開業から18年を経た現在も営業が続いています。野球の世界とは違い、一杯ずつ積み重ねる仕事で第二の人生を築いてきたのです。

うどん屋「條辺」はどこ?営業時間とアクセス

お店の正式名称は「讃岐うどん 條辺」。東武東上線・上福岡駅東口から徒歩約2分の場所にあります。

店名 讃岐うどん 條辺
住所 埼玉県ふじみ野市上福岡1-7-9
アクセス 東武東上線・上福岡駅東口から徒歩約2分
営業時間 9:00〜15:00(麺がなくなり次第終了)
定休日 火曜日
電話番号 049-269-2453
席数 22席(香川県の2025年版ガイド掲載)

営業時間と定休日は香川県が発行した首都圏の香川グルメガイドでも確認できます。臨時休業や売り切れも考えられるため、遠方から訪れる際は事前に営業状況を確認しておくと安心です。

うどんのメニューと値段は?

本場の讃岐うどんと同じように、うどんと好みの天ぷらを組み合わせて楽しめるセルフ方式。香川県の紹介資料では「冷やかけうどん」「とろ玉ぶっかけうどん」、ちくわ天、レンコン天がおすすめとして紹介されています。

2026年10月の訪問記事で紹介された主な1玉の価格は、かけうどん460円、ひやかけうどん480円、ぶっかけうどん510円、温玉うどん530円、釜バターうどん650円、カレーうどん680円など。2玉は100円増しと案内されています。

※価格や提供メニューは訪問時点の情報です。変更される場合があります。

コシのある麺に、いりこを使っただし。朝9時から営業しているので、少し遅めの朝食や早めの昼食にも立ち寄れます。

條辺剛が24歳で巨人を引退した理由

條辺さんは高校卒業後に巨人へ入団し、若くして一軍に定着しました。2001年は46試合に登板して7勝8敗6セーブ。翌2002年も47試合に登板し、チームの日本一に貢献しています。

ところが、その後は右肩の故障に悩まされました。2003年の登板は9試合、2004年と2005年はそれぞれ4試合。復活を目指しましたが、2005年オフに戦力外通告を受けました。

NPB公式記録によると、一軍通算成績は111試合登板、9勝13敗6セーブ、防御率4.58。2001年の活躍を覚えているファンにとって、24歳での引退はあまりにも早く感じられたことでしょう。

故障によって思うような投球ができなくなり、現役を続けるのではなく別の仕事に挑戦する道を選びました。プロ野球で過ごした6年間は短かったものの、その後の人生につながる出会いもありました。

うどん職人になったきっかけは水野雄仁の紹介

條辺さんがうどん作りに興味を持つきっかけには、巨人の先輩で同じ徳島県出身の水野雄仁さんが関わっています。

水野さんの紹介で製麺の現場に触れ、うどん作りの奥深さに魅力を感じた條辺さん。本場で学ぶため、香川県高松市の「中西うどん」に修業へ向かいました。

野球では投手としてボールを握っていた手で、今度は小麦粉をこね、麺を打つ毎日。経験も実績もあるプロ野球の世界から離れ、一人の見習いとして技術を身につけたのです。

そして2008年4月、26歳で「讃岐うどん 條辺」を開業しました。店名に自分の名字を掲げたことにも、職人として生きていく覚悟が感じられます。

妻・久恵さんと歩んだ第二の人生

條辺さんの転身を支えたのが、妻の久恵さんです。過去のインタビューでは、香川での修業を二人で経験し、久恵さんも天ぷら作りなどを学んだことが語られています。

巨人時代に乗っていた高級車を手放したというエピソードもあり、生活を大きく変えて新たな仕事に向き合いました。

開業当初は元巨人投手という話題性もあって多くの客が訪れましたが、その後は客足が落ち着いた時期もあったそうです。話題になっただけでは飲食店を長く続けられません。

2015年の日刊ゲンダイの取材では、巨人時代に世話になった高橋由伸さんが、戦力外通告を受けた際に励ましの留守電を残してくれたことも明かしています。野球時代の人間関係が、第二の人生を支えていたことがうかがえます。

過去のテレビ出演では3人の子供がいることも紹介されています。ただし、家族の近年の暮らしや現在の役割については、過去の情報をそのまま現在の状況と断定しないようにしたいところです。

長嶋茂雄が書いた「條辺」の暖簾は今も店の象徴

店を訪れる巨人ファンがぜひ見ておきたいのが、入り口の暖簾です。そこには長嶋茂雄さんが直筆で書いた「條辺」の文字が使われています。

長嶋さんは條辺さんが巨人に入団した当時の監督。若い投手としてチャンスを与えられた恩師との縁は、引退後も続いていました。

2015年の日刊ゲンダイのインタビューでも、長嶋さんの直筆色紙をもとに暖簾が作られたことが紹介されています。

2025年6月3日に長嶋さんが亡くなった後も、その文字は店の看板として残っています。野球ファンにとっては、巨人の歴史を感じられる場所でもあるのでしょう。

條辺剛の現在まとめ|戦力外から18年続くうどん店へ

巨人時代は中継ぎとして日本一に貢献しながら、肩の故障で24歳で引退した條辺剛さん。現在は45歳になり、埼玉県ふじみ野市で讃岐うどん店を営んでいます。

香川での修業、妻との二人三脚、長嶋茂雄さん直筆の暖簾。野球選手としての6年間が終わっても、そこで築いた経験や縁は新しい人生につながりました。

上福岡を訪れる機会があれば、元巨人投手が打つ本場仕込みのうどんを味わってみてはいかがでしょうか。

プロ野球を去った選手たちのその後が気になる方は、関連記事『プロ野球戦力外通告』歴代出演者の現在(2004〜2010年)もあわせてどうぞ。

  • URLをコピーしました!
目次