昭和の大スターこと梅宮辰夫さんが死去して大変話題になっています。
残念なお知らせとなりましたが、これまで6度のがんを患いながらも、懸命に生きたその姿に1日1日を大切に生きねば…と思い知らされた方も多いはずです。
ところで、梅宮辰夫さんの家族構成についてご存じない方も多いはずですので、改めて振り返ってみることにしました。
梅宮辰夫のプロフィール
まずは梅宮辰夫さんの大まかなプロフィール・経歴をまとめてみましたので、サラッとチェックしてみてください。
- 氏名:梅宮辰夫(うめみや たつお)
- 愛称:辰兄(にい)
- 生年月日:1938年3月11日(81歳没)
- 出身地:旧満州・ハルビン出身
- 職業:俳優、タレント、司会者
- 所属事務所:株式会社グッデイ
気になる芸能界デビューのキッカケですけど…大学在学中に銀座でスカウトされ、東映(映画製作会社)へ入社します。
東映ニューフェイスとしてデビューし、俳優として映画・テレビドラマに出演。
その後、飲食事業の経営やバラエティ番組にも進出し、料理の腕前や軽妙なトーク、体を張ったコントや夫婦揃っての共演、家庭の様子がたびたび紹介されていて、もはや知らない人はいないと言えるぐらい芸能界でも一躍有名になりました。
梅宮辰夫さんが出演したドラマの主な代表作は以下のとおりです。
- 『夜の青春シリーズ』
- 『夜の歌謡シリーズ』
- 『不良番長』シリーズ
- 『帝王シリーズ』
- 『仁義なき戦いシリーズ』
数多くの映画で共演した松方弘樹さん(74歳没)とは盟友であり、
バラエティで共演するたびに「子供っぽいケンカ」をする事が多かったので印象的だった人も多いのではないでしょうか。
また、梅宮辰夫さんの代表作として忘れてはいけないのが『スクール☆ウォーズ』ですね。
夫婦役として共演した和田アキ子とは「あんちゃん」「アッコ」と呼び合う兄妹のような仲だったのは有名な話です。
梅宮辰夫の家族構成
続いては、梅宮辰夫さんの家族構成をあらためてチェックしてみましょう。
嫁(妻):梅宮クラウディア
父親がアメリカの軍人で、いわゆる駐留軍の関係で一家で日本に来たようです。
ただ最終的には彼女一人が残ってモデルやホステスなどで生計を立てていたようで、ちょうどその時に梅宮辰夫さんと出会い、結婚に至ったというわけです。
正直、娘の梅宮アンナさんが「家族全員が調子悪い」と公言していたとおり、クラウディアさんも膠原病(こうげんびょう)を患い骨折していることを2019年に公表していました。
娘:梅宮アンナ
ファッションモデル、タレントとして活躍しているので、ご存知の方も多いはずです。
梅宮辰夫さん、梅宮クラウディアさんの子供って意外にもアンナさん1人だけだったんですね。
なんかいつも家族で賑わっているイメージですので、テレビには出てこないけど、もっと他にも子供がいるのかとてっきり思っていました。
梅宮辰夫は離婚していた!?
まぁこんなことを書くとちょっと失礼かもですが、あんなに活躍して超モテていた男性がたった1回の結婚だけでゴールインするわけがないと思っていましたが、やっぱりそうでした。
元妻:大門 節子 (1968〜1969年)
梅宮クラウディアさんと結婚する前、梅宮辰夫さんはじつは一度結婚していました。
前妻の名は、大門節子さんという方です。
銀座のクラブ「姫」のホステスとして働いていた大門節子(大門節江)さんに一目惚れして交際に発展、その後は結婚することになりましたがなんと半年で離婚しています。
そして、ここからがちょっと面白いんですけど...
大門節子さんとの結婚中に知り合った女性、銀座のクラブで働いていた愛称"ビッキー"が、なんとあの梅宮クラウディアさんだったんです。
1972年に「スポーツニッポン」に結婚とすっぱ抜かれ、同年3月に結婚したのです。
この時、クラウディアさんは梅宮辰夫さんの子を身ごもっており、その子が娘の梅宮アンナというわけですね。
大門節子さんとの離婚はあらかじめ成立していたかもしれませんけど、見方を変えるとう梅宮クラウディアさんの「略奪」とも捉えることができますし、やはり全盛期の梅宮辰夫さんのモテっぷりは相当なものだったとわかります。
ちなみに、
大門節子さんと結婚する前、1968年(昭和43年)、3年間同棲し既に妊娠4ヶ月だった方と結婚していましたが、一方的に婚約を解消しているようです。
まとめると、梅宮辰夫さんはバツ2で計3回結婚していたということです。
若い頃は豪遊などで周囲の人たちに多少なりとも迷惑をかけたかもしれない梅宮辰夫さんですけど、6度のがんにも屈せずに懸命に生きた姿はご立派ですし、最初のがんが見つかってから40年以上生き永らえた生命力には誰もが驚かされます。
そしてテレビやコマーシャル撮影など、亡くなる直前まで雄姿を見せてくれました。
天国では親友の松方さんとまた楽しい映画談義や釣り談義を楽しんでほしいと願っています。
最後になりましたが、ご冥福をお祈りいたします。