『笑っていいとも!』の青年隊として人気を集めた岸田健作さん。最近はテレビで見かける機会が減りましたが、いま何をしているのでしょうか。
2026年現在は「Kensaku Kishida」名義で音楽活動を続けながら、地域を盛り上げるイベントのプロデューサーとしても活躍しています。かつて芸能界を離れ、代々木公園でホームレス生活を送ったという意外な過去も。現在の仕事と、その転機を振り返ります。
岸田健作の現在は?音楽と町おこしが活動の中心
岸田健作さんは2026年11月1日現在47歳。現在は歌手・パフォーマーとしての活動と、地域振興イベントの企画に力を入れています。
「Kensaku Kishida」としてライブ活動
2026年7月の『CHANTO WEB』インタビューに掲載されたプロフィールによると、岸田さんは作詞・作曲を手掛け、ダンスや殺陣、剣舞、日本舞踊を取り入れたステージを展開しています。
2023年には台湾でミュージシャンとして初の海外公演も経験。高齢者施設やファミリーコンサートでも歌うなど、観客に合わせて活動の場を広げています。
かつての「いいとも青年隊」の印象が強い人には、ずいぶん違う姿に見えるかもしれません。ただ、人を楽しませるという点では、昔も今も変わっていないようです。
2026年10月には茨城県守谷市でイベントを企画
岸田さんは2024年から地域振興イベント「〇〇っていいとこ!」のプロデューサーも務めています。
2026年10月24日・25日には、茨城県守谷市のブランチパーク守谷で「第五回 守谷っていいとこ!」が企画されました。岸田さん自身の出演に加え、楽しんごさんらが出演者として案内されていました。
単にステージに立つだけでなく、地域の人や出演者、出店者が集まる場を作ることも現在の仕事です。
なぜ芸能界を離れた?いいとも青年隊時代の葛藤
岸田さんは1997年、18歳で『笑っていいとも!』の10代目いいとも青年隊としてデビューしました。
日焼けした肌と個性的なキャラクターで注目を浴び、バラエティー番組でも活躍。ところが25歳の頃に芸能界を離れています。
2026年7月の『CHANTO WEB』のインタビューでは、第一線の芸能人たちに囲まれるなかで、自分には人に見せられる芸がないと感じていたことを語っています。
テレビに出演していても、その先に何を目指すのかが見えない。華やかな仕事の裏側では、そんな悩みを抱えていたのです。
ホームレス生活は本当?代々木公園で過ごした過去
岸田さんが一時期ホームレス生活を送っていたという話は、本人がインタビューで明かしています。
2025年7月の『集英社オンライン』では、一人暮らしの家を解約し、ボストンバッグひとつで代々木公園へ向かったと振り返りました。
帰れる家はあったものの、あえて路上で暮らすことを選んだそうです。芸能界を離れた後の生活は、単なる失業や転落という説明では収まりません。
その後は倉庫での仕分けなど日雇いのアルバイトも経験。顔を知られているために働きづらさを感じることもあったと話しています。
テレビで人気を集めた人が、正体を知られないように働いていたというエピソードには驚かされますね。
桜塚やっくんとの関係は?亡き友人に捧げた桜
岸田さんの活動を語るうえで欠かせないのが、2013年10月に交通事故で亡くなった桜塚やっくんとのつながりです。
岸田さんは2016年、事故現場のある山口県美祢市に、やっくんをしのぶ桜の木を植えました。
2026年の『CHANTO WEB』のインタビューでも、その桜が10年を経て成長した様子が紹介されています。
芸能界で出会った友人との縁を、長い年月が過ぎても大切にしていることが伝わってきます。
岸田健作は結婚している?家族については?
現在の活動とともに、結婚や家族について気になる人もいるでしょう。
今回参照した2025年・2026年の本人インタビューでは、主に仕事やこれまでの人生が語られており、現在の配偶者や子どもについての具体的な紹介はありませんでした。
結婚しているとも独身とも決めつけず、本人からの新しい発信を待ちたいところです。
岸田健作は現在も自分らしい道で活動中
『笑っていいとも!』でブレイクした後、芸能界を離れ、路上生活やアルバイトを経験した岸田健作さん。
現在は音楽と地域振興イベントを軸に、自分で表現の場を作っています。
2026年にもイベント出演の予定が発表されるなど、活動は続いています。
テレビの中で笑顔を届けていた青年が、今度は地域の人たちが笑顔になれる場所を作っている。そんな現在の姿を知ると、またステージを見てみたくなりますね。