女優としてドラマや映画で活躍し、現在は2児の母でもある川栄李奈さん。そんな川栄さんが、AKB48時代に握手会で刃物を持った男に襲われた事件を覚えているでしょうか。
2014年5月、当時19歳だった川栄さんは右手親指を骨折するなどのけがを負いました。その翌年にはAKB48を卒業。事件が卒業のきっかけになったことは事実ですが、本人が語った理由は「怖いから辞める」という単純なものではありませんでした。
事件の経緯と犯人の動機、卒業を決意した本当の思いを、当時の報道と本人の言葉から振り返ります。
川栄李奈の握手会事件とは?2014年5月に起きた襲撃
事件が起きたのは2014年5月25日。岩手県滝沢市の岩手産業文化センター「アピオ」で行われたAKB48の全国握手会でした。
握手会の列に並んでいた男が刃物を取り出し、メンバーらを突然襲撃。川栄李奈さん、入山杏奈さん、男性スタッフの計3人が負傷しました。
川栄さんは右手親指の骨折と裂傷のほか、頭部にもけがを負っています。入山さんも負傷し、2人は手術を受けました。ファンとの交流の場で起きた事件は、大きな衝撃を与えました。
犯人の動機は?川栄個人への恨みだったのか
逮捕された男は当時24歳。裁判では、自身の境遇への不満を抱き、テレビで活躍するAKB48のメンバーを標的にした経緯が明らかになりました。
川栄さん個人とのトラブルが原因だったというわけではありません。2015年2月、盛岡地裁は男に懲役6年の実刑判決を言い渡し、判決は確定しました。
事件後の「バイキング」電話出演
事件から4日後の2014年5月29日、川栄さんは当時レギュラー出演していたフジテレビ系「バイキング」に電話で出演。「めっちゃ元気です」と声を届け、共演者や視聴者を安心させました。
同年6月のAKB48選抜総選挙にも姿を見せましたが、握手会への復帰は別の問題でした。
川栄李奈がAKB48を卒業した理由は事件だけではなかった
2015年3月26日、川栄さんはさいたまスーパーアリーナでのコンサートでAKB48からの卒業を発表しました。
その場では、事件以来握手会に出られなくなり、AKB48にとって大切な活動に参加できないことへの葛藤を明かしています。
実は同年2月の生誕祭公演でも、握手会に参加できないことから選抜メンバーを外してほしいと申し出た経験を語っていました。ファンに申し訳ないという思いがあったのでしょう。
本人ブログで明かした「女優になりたい」という夢
卒業発表の翌日、2015年3月27日に更新した公式ブログ「卒業」には、さらに大切な言葉が残されています。
川栄さんは事件を経験して、当たり前の日常が当たり前ではないと感じるようになり、今やりたいことに挑戦しようと考えたと説明しました。
そして、握手会に出られないことだけで卒業するのではなく、AKB48でできることが減ったなかで自分の夢をかなえたい、と明言しています。
その夢は女優になること。AKB48という肩書きがなくなれば、テレビで見かける機会がなくなるかもしれない。それでも一から演技を学び、見る人を感動させる女優になりたいという決意でした。
事件の影響は大きかったものの、卒業は自分の未来に向けた選択でもあったのです。
当時の率直な思いは、川栄李奈さんの公式ブログ「卒業」で読むことができます。
AKB48を卒業したのはいつ?
卒業発表は2015年3月26日でしたが、実際にグループでの活動を終えたのは同年8月4日のAKB48劇場公演です。
8月2日にはさいたまスーパーアリーナで卒業コンサートが行われました。事件から約1年3か月後、川栄さんはアイドル人生に区切りをつけました。
事件から12年、川栄李奈は女優として活躍
卒業後は女優として活動を重ね、2021年度後期のNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」では3代目ヒロインの大月ひなた役を演じました。
AKB48を卒業する際に目指した女優という夢を、着実に形にしていったのです。
私生活では2019年に俳優の廣瀬智紀さんと結婚。同年に第1子、2023年に第2子が誕生しました。仕事と子育てを両立しながら、俳優としての活動を続けています。
「おしゃれクリップ」出演予告でも話題に
2026年10月26日、日本テレビ系「おしゃれクリップ」の公式Xが川栄さんのゲスト出演を予告。「2児の母、そして俳優」という現在の姿が紹介され、俳優の光石研さんが川栄さんの魅力を語ることも案内されました。
予告を見て、AKB48時代の事件を思い出した人もいるようです。ただし、番組で事件について詳しく語られるかは、放送前の段階ではわかりません。
握手会で大きなけがを負い、アイドルとしての活動に悩んだ川栄さん。それでも女優になるという夢を選び、仕事を積み重ねてきました。
あの事件がなければ、別の道を歩んでいたかもしれません。ただ、事件だけで現在の川栄さんを語ることもできないでしょう。本人が選んだ道と、その後の努力にも目を向けたいところです。