元阪神・辻本賢人の現在は?15歳入団から戦力外、翻訳家への転身

2026年10月22日のドラフト会議で、巨人が14歳の中学生・関蓮太郎捕手を育成5位で指名しました。史上最年少の指名として話題になるなか、阪神ファンの間で懐かしい名前が浮かんでいます。

それが、2004年に15歳で阪神タイガースから指名された辻本賢人(つじもと・けんと)さんです。

辻本さんは一軍登板のないまま20歳で戦力外となりましたが、その後アメリカで再挑戦。2024年の本人インタビューでは、翻訳の仕事をしながら家族と暮らす近況を語っていました。

早すぎるプロ入りだったのでしょうか。阪神時代から現在までの歩みと、本人が振り返った当時の思いを紹介します。

目次

元阪神・辻本賢人の現在は?翻訳家として活躍

辻本賢人さんは1989年1月6日生まれ。2026年10月現在は37歳です。

2024年4月のNumber Webのインタビューでは、神戸で暮らしながら翻訳業などに携わっていることが紹介されました。

日本の雑誌や書籍を英訳する仕事を10年以上続け、来日する外国人のコーディネートをすることもあるそうです。海外とのやり取りがあるため朝4時に起きる生活だといい、野球選手だった頃とはまったく違う毎日を送っています。

仕事で関わる人の約9割は、辻本さんが元プロ野球選手だと知らないのだとか。15歳で全国ニュースになった少年が、今では英語を武器に働いているというのは、少し不思議な感じがしますね。

結婚して子供もいる?

辻本さんは結婚しており、子供もいます。2024年の取材では、子供の学校への送迎など家族との時間を大切にする暮らしぶりも紹介されました。

2026年の新たな仕事や生活について詳しい発表は見当たりませんが、直近のまとまった本人取材からは、野球を離れた後も充実した日々を送っている様子が伝わってきます。

当時の近影はNumber Webのインタビュー第3回に掲載されています。阪神入団会見の写真を覚えている人は、雰囲気の変化に驚くかもしれません。

辻本賢人はなぜ15歳で阪神に入団?20歳で戦力外となった経緯

辻本さんは兵庫県神戸市出身。若くしてアメリカへ渡り、現地の高校に進んで野球を続けていました。

2004年のドラフトで阪神から8巡目指名を受けたとき、まだ15歳10か月。高校野球で甲子園を目指す年齢でプロ入りするという異例の選択でした。

当時は史上最年少のドラフト指名として大きく報じられ、将来を期待されたものの、阪神での5年間は故障との闘いになります。

阪神での成績は?一軍登板はゼロ

辻本さんのウエスタン・リーグでの登板数は、2005年が5試合、2007年が9試合、2008年が11試合。2006年は体づくりのため公式戦登板がありませんでした。

2008年オフには育成契約に移行。2009年は第5腰椎の疲労骨折もあり、公式戦で登板できないまま戦力外通告を受けました。

5年間で二軍25試合、一軍登板はゼロ。20歳で阪神を去ることになったのです。

ただ、本人の受け止め方は少し違います。2024年のNumber Webの取材では、体ができていない年齢でプロ入りしたことだけが故障の原因ではなく、自分自身の体の使い方や技術が未熟だったと振り返っています。

若すぎるプロ入りがすべての原因だった、と単純には言えないようです。

戦力外後はアメリカで復活!メッツとマイナー契約

2009年秋、合同トライアウトを受けても他球団から声はかかりませんでした。そこで手を差し伸べたのが、阪神OBの藪恵壹さんです。

藪さんの誘いでアメリカへ渡った辻本さんは、元阪神のジェフ・ウィリアムスさんの助言を受け、サイドスローに挑戦。すると球の勢いが戻り、最速151キロを計測するまでになりました。

2010年には米独立リーグのゴールデンベースボールリーグに所属するマウイで32試合に登板。3勝2敗、防御率2.88、34回1/3で48奪三振という結果を残しています。

そして2011年、ニューヨーク・メッツとマイナー契約。メジャー昇格こそかないませんでしたが、阪神で戦力外となった投手がアメリカで再び評価されたのです。

野球人生を終える寸前からの復活劇。辻本さんの経歴で、個人的に最も印象に残るのはこの部分です。

15歳でプロ入りしたことを後悔している?

一軍で結果を残せなかったと聞くと、「高校に進んでからプロを目指せばよかったのでは」と考えてしまいます。

ところが辻本さんは2024年の取材で、プロ入りを後悔していないという趣旨の話をしています。阪神の先輩たちに支えられ、野球を通じて多くの人と出会えたことも大きかったようです。

結果だけを見れば厳しい5年間だったとしても、本人にとってはその後の人生につながる時間だったのでしょう。

巨人が14歳の関蓮太郎を指名!辻本賢人との違いは?

2026年10月22日、巨人が育成ドラフト5位で指名した関蓮太郎捕手は、川崎市立向丘中学校に通う14歳の中学3年生です。

巨人のU-15ジュニアユースで主将を務め、U-15日本代表でも活躍した選手。指名時14歳9か月で、辻本さんの最年少指名記録を約22年ぶりに更新しました。

大きな違いは、辻本さんがアメリカの高校に進んでいたのに対し、関選手は日本の中学校に在学していること。中学生のドラフト指名は史上初です。

また、辻本さんは通常ドラフト8巡目でしたが、関選手は育成ドラフト5位。巨人は将来の一軍正捕手を目標に、時間をかけて育てる方針を示しています。

中学生でもプロ入りできる?高校はどうなる?

日本野球機構(NPB)の新人選手選択会議規約では、中学校に在学する選手もドラフトの対象に含まれています。中学生には高校生や大学生と同じプロ志望届の提出条件もありません。

ただし、指名されたからすぐにプロの試合に出られるわけではありません。義務教育を終えて育成選手として公示されるまでは、キャンプ参加や試合出場などに制限があります。

巨人側は、関選手が入団した場合は高校に通いながら練習に参加する計画を説明しています。本人は指名を喜びつつ、家族と相談して進路を考えたいとコメントしており、2026年10月23日時点では入団が決まったわけではありません。

辻本さんの経験があるからこそ、関選手にも無理をさせず、長い目で成長を見守ってほしいところです。

まとめ

元阪神の辻本賢人さんは、15歳でプロ入りしたものの、故障に苦しみ20歳で戦力外となりました。その後はアメリカで再挑戦し、メッツとのマイナー契約も経験しています。

2024年の本人インタビューでは、翻訳業などに携わりながら家族と暮らす姿が紹介されました。

巨人の14歳・関蓮太郎選手の指名によって、再び名前が注目された辻本さん。プロ野球選手としては思い描いた結果を残せなかったかもしれませんが、あの15歳の決断が、その後の人生を大きく広げたことは確かでしょう。

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