俳優の和田正人さんは、箱根駅伝を2度走った元陸上選手です。中学時代はソフトボール部に所属しながら駅伝にも参加。高校で本格的に陸上へ進み、日本大学、NECへと競技を続けました。しかし実業団の廃部を機に俳優へ転身。2026年現在もドラマや舞台で活躍する一方、駅伝の解説や母校の選手との交流を続けています。父親が陸上の仕事を特に喜ぶ理由も、本人の言葉からたどります。
和田正人が陸上を始めた理由は?中学ではソフトボールと掛け持ち
和田さんが駅伝を始めたのは中学生の頃です。ソフトボール部が本業でしたが、足が速かったため、秋の駅伝大会に向けて他の運動部員も集まる駅伝部に参加しました。
中学1年の県中学駅伝では3kmの2区で区間賞を獲得。2025年のセイコーの本人インタビューでは、この経験で陸上のほうが得意だと感じたものの、当時はソフトボール中心だったと振り返っています。
転機は高知工業高校の野中三徳監督から勧誘されたこと。高校進学後に陸上へ専念しました。高校ではけがが多く、5000mの自己ベストは約14分42秒。インターハイ全国大会には進めませんでしたが、全国高校駅伝には2年時に1区、3年時に4区で出場しています。
日本大学で箱根駅伝を2度走った
日本大学に進んだ和田さんは、2000年の第76回と2002年の第78回箱根駅伝で、ともに9区を走りました。4年時の第78回大会では区間5位。出雲駅伝と全日本大学駅伝にも出場しています。
大学時代もけがとの戦いでした。1年時は箱根駅伝出場を目前にけがで欠場し、3年時も箱根を走れませんでした。順風満帆な競技人生ではなかったことが、本人の回想から分かります。
なお、2000年の第76回大会については資料間で区間順位の表記に差が見られるため、ここでは出場区間と大会年のみ記載しています。
和田正人はなぜ陸上を辞めて俳優に転身した?
大学卒業後はNEC陸上競技部に入部。しかし、2003年に陸上部の廃部が決まり、競技生活に区切りをつけました。
ただし、廃部だけが理由ではありません。本人は、けがで走れない時期に将来を考え、陸上を辞めた後に何をするか悩んでいたと語っています。学生時代に芸能関係者から声をかけられた経験も、芸能界を意識するきっかけになりました。
2025年のセイコーのインタビューによると、廃部が正式に告げられる前の練習中には、新しい人生に踏み出すことを考えていたそうです。競技の終わりを意識するなかで、年齢を重ねても挑戦し続けられる俳優という仕事に魅力を感じたのでしょう。
その後、D-BOYSのオーディションを経て、2005年に『ミュージカル テニスの王子様』で俳優デビュー。NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』の泉源太役などで知名度を高めました。
ドラマ『陸王』で実業団時代の心残りを経験
2017年にはTBSドラマ『陸王』で実業団ランナーの平瀬孝夫を演じました。
和田さんは実業団時代、ニューイヤー駅伝を走ることができないまま競技を引退しています。そのため、ドラマの役を通じてニューイヤー駅伝を走る場面を演じたことは、特別な経験になったそうです。
俳優への転身が、思いがけない形で陸上選手時代の心残りにつながったエピソードです。
父親が和田正人の陸上の仕事を喜ぶのはなぜ?
和田さんは幼い頃に両親が離婚し、父親に育てられました。2022年のテレ朝POSTのインタビューでは、父親は再婚せず、仕事一筋で、息子の陸上を応援することが何よりの楽しみだったと明かしています。
競技用のシューズを買うお金が足りないときや、食費に困ったときにも父親は支援してくれたそうです。経済的に余裕があったわけではなく、それでも競技生活を支えてくれた存在でした。
だからこそ、和田さんが陸上を辞めて俳優になった当初は、親子の間に少し距離ができた時期もあったといいます。しかしテレビ出演が増えると、父親は次の出演作を気にかけるようになりました。
俳優としての活動を喜んでくれるだけでなく、陸上関係の仕事にも特別な思いがあるのは、長年息子の走る姿を応援してきたからなのでしょう。
和田さん自身も、俳優の仕事を簡単に辞めるわけにはいかないという強い覚悟を語っています。陸上を応援してくれた父親や高校時代の恩師に対して、選んだ道で結果を残したいという思いが伝わります。
和田正人の2026年現在は?陸上との関わりも続いている
2026年10月現在、和田さんは47歳。ワタナベエンターテインメントに所属し、俳優として活動しています。
2026年はNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』に今井宗久役で出演。TBSドラマ『田鎖ブラザーズ』では田鎖朔太郎役を演じ、舞台『リア王 -King Lear-』にも出演しています。最新の出演情報は所属事務所の公式プロフィールで確認できます。
駅伝解説や母校・日本大学との交流
陸上との関わりも続いています。箱根駅伝のラジオ中継でゲスト解説を務めるほか、全日本大学駅伝の応援ナビゲーターとしても活動してきました。
2026年7月29日には、母校の日本大学が和田さんと現役選手の山口聡太さん・彰太さん兄弟との対談を公開。箱根駅伝の経験や練習量、現在のチームについて語り合いました。
対談では、選手たちの走行距離やチームの変化にも関心を寄せ、後輩たちを激励しています。単に元選手として解説するだけでなく、母校の成長を見守っている様子が伝わります。
対談は日本大学公式サイトの前編と後編で読むことができます。また、日本大学陸上競技部特別長距離部門のスペシャルインタビューにも登場しています。
今も自分で走っている?
所属事務所のプロフィールでは趣味・特技にマラソンを挙げており、2008年の東京マラソンでは2時間57分59秒で完走した実績があります。
一方、2026年現在の具体的な練習頻度や今後のレース出場予定については、公式情報で確認できませんでした。現在も競技選手として活動しているという意味ではなく、解説や対談などを通じて陸上に関わっているということです。
中学の駅伝部から始まり、箱根駅伝、実業団、そして俳優へと進んだ和田正人さん。競技を離れても、陸上との縁は続いています。父親が応援してくれた競技に、今度は伝える側として関わっていることも、和田さんの歩みを印象深くしています。
