2003年に発覚した早稲田大学のイベントサークル「スーパーフリー」による集団性的暴行事件。事件から20年以上たった今、代表や幹部は何をしているのでしょうか。
代表の和田真一郎は2018年に刑務所を出所し、2019年には社会復帰後の生活を自ら語っています。一方、実質的なナンバー2と報じられた岸本英之や元副会長の若松直樹については、現在の職業や活動を確認できる信頼性の高い続報は見当たりません。
当時の判決報道と本人が公表した手記をもとに、分かっている範囲を整理しました。
スーパーフリー代表・和田真一郎は2018年に出所
サークル代表だった和田真一郎は、2004年11月に東京地裁で懲役14年の判決を受け、2005年に刑が確定しました。2018年6月、千葉刑務所を出所しています。
出所後の姿が広く知られたのは2019年2月。『週刊新潮』が本人の手記「『和田サン』懺悔録」を掲載したことがきっかけです。新潮社の公式サイトにも掲載記録が残っています。
手記では、出所後に仕事に就いたことや、別の名前を使って社会生活を送っていることなどが語られました。ただし、別名の使用が戸籍上の改名を意味するとは限りません。
ここで紹介した仕事や生活は、2019年当時に本人が語ったものです。現在も同じ暮らしをしているとは限りません。
ナンバー2の岸本英之、元副会長の若松直樹は?
岸本英之は懲役7年6月の実刑判決
岸本英之は、サークルの実質的なナンバー2と報じられた人物です。2004年6月、東京地裁で懲役7年6月の実刑判決を受けました。同年12月には東京高裁が控訴を棄却しています。
当時の毎日新聞の報道では、岸本がサークルの顧問的な立場にあり、犯行に積極的に加わっていたことが判決で指摘されています。
岸本は2005年、雑誌『創』に事件や報道についての手記も寄せました。同年5月号に掲載された「僕はこうして裁かれた」は、国立国会図書館の掲載記録で著者名や掲載号をたどれます。
手記には当時の本人の考えが残されていますが、その後の仕事や暮らしまで分かるものではありません。
元副会長・若松直樹は懲役2年6月
若松直樹は、早稲田大学理工学部出身で、在学中にサークルの副会長を務めていたと報じられています。
2004年4月、東京地裁は若松に懲役2年6月の実刑判決を言い渡しました。当時の報道では「会社役員」と紹介されていますが、これは判決時点の肩書です。
同姓同名の経営者がいたとしても、それだけで事件の当事者と結びつけることはできません。現在の職業を考える際も、名前の一致だけで判断しないよう注意が必要です。
逮捕・起訴された14人の現在は分かっている?
スーパーフリー事件では、和田を含む14人が起訴されました。2004年6月の読売新聞の判決報道によると、和田以外の13人には懲役2年4月から10年までの実刑判決が言い渡されています。
当時の刑期や判決から、その後の仕事や暮らしまで推測することはできません。出所後の情報は、本人の発言や取材記事の時点を添えて読む必要があります。
「改名した」「経営者になった」という噂の真偽
ネット上には、元メンバーが改名した、大企業に再就職した、経営者になったといった情報もあります。
和田が出所後に別名を使用していると説明したことには本人発言という根拠があります。しかし、ほかの人物の改名や就職先を示す噂については、本人確認や信頼できる報道による裏付けが必要です。
現在の一般人の勤務先や住所を、同姓同名という理由だけで事件の当事者と結びつけることはできません。
事件が残した影響
この事件は、複数人による性暴力の深刻さが広く認識される契機の一つとなりました。2004年の刑法改正では集団強姦罪が新設され、その後も性犯罪に関する法改正が重ねられています。
2017年には集団強姦罪が廃止され、2023年には不同意性交等罪などを導入する法改正が行われました。現在の法律を当時の事件にそのまま当てはめることはできませんが、性暴力をめぐる制度が変化してきたことは押さえておきたい点です。
まとめ
スーパーフリーの代表・和田真一郎は2018年に出所し、翌2019年に社会復帰後の生活を手記で語りました。現在の暮らしをそのまま伝える情報ではない点には注意が必要です。
岸本英之と若松直樹についても、当時の判決や岸本の手記は確認できるものの、2026年現在の活動は不明です。
事件から長い年月が経っても、被害の重大さが薄れるわけではありません。元メンバーの「現在」を知るうえでは、過去の裁判で認定された事実、本人の説明、根拠のない噂を分けて見る必要があります。
