「手ぶらでスキー」の時代を象徴する屋内スキー場、ららぽーとスキードームSSAWS(ザウス)。千葉県船橋市に1993年に開業しましたが、2002年9月30日に閉館しました。跡地は現在、IKEA Tokyo-Bayやマンションなどが立つエリアです。なぜわずか9年で営業を終えたのか。三井不動産の公式資料と当時の報道から、施設の特徴や閉鎖後の変化を振り返ります。
ザウスの跡地は今?IKEAとマンションに変化
ザウスがあったのは、JR南船橋駅に近い千葉県船橋市浜町の一角です。現在はIKEA Tokyo-Bayなどの商業施設やマンションが立ち、巨大なスキードームの建物は残っていません。
2002年9月に閉館した後、三井不動産は当初、土地と建物を一体で譲渡する方針でした。しかし建物を残す形ではなく、更地にして活用する相手先との合意に至り、2003年8月下旬から解体を進めると発表しました。当時の発表では、解体工事の終了予定は2004年春でした。
跡地には2006年4月にIKEA船橋が開業し、現在はIKEA Tokyo-Bayの名称で営業しています。かつて雪が積もる巨大な屋内ゲレンデがあった場所は、買い物や暮らしの場へと姿を変えました。
ザウスはなぜ閉鎖?年間約20億円の営業赤字
閉鎖の中心的な理由は、来場者数の減少と採算の悪化です。三井不動産は2002年3月1日、同年9月末で営業を終え、ザウス事業から撤退すると発表しました。
当時の不動産専門メディア「R.E.port」によると、1993年の開業後、4年目以降は来場者が年々減少し、年間20億円程度の営業赤字が続いていました。
1990年代のスキーブームを背景に誕生したザウスですが、時代とともに利用環境は変化しました。巨大な屋内ゲレンデでは、雪や低温環境の維持、設備の管理が必要です。こうした施設特有の負担に加え、三井不動産の公式資料では減価償却費の重さも説明されています。
なお、閉鎖に伴い同社は過年度の減価償却不足額約185億円を特別損失として計上する予定だと発表しました。この185億円は「毎年の赤字」ではなく、閉館決定に伴う会計上の処理です。年間約20億円の営業赤字とは区別する必要があります。
2003年の三井不動産の決算資料にも、ザウスの損失がなくなったことが利益改善につながった旨が記されています。人気や知名度だけでは、巨大施設の運営を続けられなかったことがうかがえます。
「手ぶらでスキー」のザウスはどれほど巨大だった?
ザウスは1993年に開業した、世界最大級の屋内人工スキー場でした。建設に関わった鹿島建設の公式紹介によれば、施設の規模は全長490メートル、幅100メートル、高さ90メートル。ゲレンデの最大斜度は20度で、ドーム内はマイナス5度に設定されていました。
真夏でも雪の上を滑ることができ、スキーだけでなくスノーボードも楽しめました。冬の雪山へ遠出しなくても、首都圏から日帰りで本格的な滑走ができる点が魅力でした。
「手ぶらでスキー」という言葉に象徴されるように、道具を持っていなくてもレンタルを利用して楽しめる施設でした。ただし、滑走料金とレンタル料金は別に考える必要があります。
当時の料金はいくらだった?
ザウスの料金については、時期によって料金体系やキャンペーンが異なりました。開業当初の入場・滑走料金として5,900円という数字が紹介されることもありますが、今回確認した一次資料では正確な適用条件を裏付けられませんでした。そのため、一律に「ザウスの料金は5,900円だった」とは断定できません。
レンタルを含めた総額は、利用時期や借りる道具によって変わったと考えられます。当時の料金表など新たな資料が確認できれば、追記したいところです。
ザウスはなぜ今も記憶に残るのか
ザウスの魅力は、単にスキーができることだけではありません。千葉県の都市部に、全長約490メートルもの雪のゲレンデを屋内につくるという発想そのものが画期的でした。
外は真夏なのに建物の中は氷点下。仕事や学校の休みに雪山へ向かわなくても、季節を問わずスキーを楽しめる。そうした体験は、当時のレジャー文化を象徴するものだったといえそうです。
ただ、スキー人気の変化や維持費の負担により、1993年の開業から2002年の閉館まで、営業期間は約9年間にとどまりました。
今の南船橋には、当時とはまったく違う街並みが広がっています。それでも、あの巨大なスキードームを覚えている人にとって、ザウスは1990年代を思い出させる特別な場所なのではないでしょうか。
当時の建物の写真と規模は、建設会社の公式資料でも確認できます。鹿島建設「スキードーム・ザウス」