元プロ野球選手の清原和博さんが、2026年9月中旬に左膝の「人工膝関節置換術」を受けていたことを明かしました。
11月3日に自身のXで報告したもので、現在は杖を使いながらリハビリを続けています。手術したのは、現役時代にも何度も治療を受けた左膝でした。
なぜ59歳で大きな手術に踏み切ったのでしょうか。本人の言葉と過去の故障歴をたどると、息子たちとの時間を大切にしたいという思いも見えてきます。
清原和博はなぜ左膝を手術した?
清原さんが受けた人工膝関節置換術は、傷んだ膝関節の表面を人工の部品に置き換える手術です。膝の痛みを軽くし、歩くなどの日常動作を改善する目的で行われます。
今回の手術を決めた理由について、清原さんは日常生活で何をしていても膝が痛み、物事に前向きになりにくかったと説明しています。
もう一度自由に体を動かしたい。歩いたり、走ったり、息子たちとゴルフをしたり、もちろん野球もしたい。そんな気持ちはあっても、痛みのために遠い夢のように感じていたそうです。
背中を押したのは友人や息子たち。2027年に60歳を迎えるのを前に、思い切って手術を決断しました。
本人のX投稿でリハビリ中の姿を公開
11月3日の投稿には、杖を持ってジムでリハビリに取り組む写真も添えられています。左膝には白いサポーターが見え、歩行練習をしている様子も伝わってきます。
手術後は一人で日常生活を送ることが想像以上に大変で、弱音を吐くこともあったそうです。それでも10月下旬からはジムでのリハビリを開始しました。
11月3日時点では、まだ杖を使って生活しているとのこと。リハビリの終了時期や、運動をどこまで再開できるかについては具体的に明かしていません。
現役時代から左膝の故障に苦しんでいた
清原さんは西武、巨人、オリックスでプレーし、通算525本塁打を記録した球界屈指の強打者です。一方、現役生活の後半は膝の故障との闘いでもありました。
2005年には半月板損傷で手術
巨人時代の2005年には、左膝の半月板損傷で手術を受けています。半月板は膝関節の衝撃を和らげる組織で、傷むと痛みや動かしにくさにつながります。
2007年には2度の手術
オリックス時代の2007年2月には左膝の軟骨の一部を取り除く内視鏡手術を受け、同年7月には軟骨を移植する手術にも踏み切りました。
現役復帰を目指して治療を続けましたが、2008年に引退。今回、清原さんが「現役中に、大手術をした同じ箇所」と説明した背景には、こうした長年の故障歴があります。
ただし、今回の手術に至った詳しい診断名は公表されていません。過去の故障が現在の状態にどの程度影響したのかも、本人の投稿だけではわかりません。
手術を後押しした息子たちとの関係
清原さんには長男の正吾さんと次男の勝児さんがいます。
正吾さんは慶應義塾大学で野球に打ち込み、勝児さんは2023年夏の甲子園で優勝した慶應義塾高校の野球部に所属していました。
清原さんが今回の投稿で挙げた願いの一つは、息子たちとゴルフを楽しむこと。かつて野球場で多くのファンを沸かせた父親が、今は家族と体を動かす時間を取り戻そうとしているのです。
息子2人の近況については、清原和博の息子2人の現在でも詳しく紹介しています。
元妻・亜希もInstagramで手術報告に反応
清原さんの手術報告には、元妻でモデルの亜希さんも反応しています。
亜希さんは自身のInstagramストーリーズで清原さんのX投稿を紹介。清原さんを応援している人が自身の周囲にも多いことに触れ、「現場マネージャーからお礼申し上げますw」とユーモアを交えて感謝を伝えていました。
さらに「沢山の後押しがあってこそです」ともつづっています。
離婚後も、清原さんの回復を願う人たちの思いを大切にしていることが伝わってきます。ただし、このストーリーズだけで現在の私生活や二人の関係について踏み込んだことまではわかりません。
「必ず復活します」清原和博が語った再出発
今回の投稿では、引退後の苦しい時期にも触れていました。人生を投げ出したくなるほどつらい日もあったと振り返りながら、もう一度新しいスタートに賭けたいという思いをつづっています。
手術を担当した医師やリハビリの先生、看護師への感謝も伝え、最後は「必ず復活します」と力強く締めくくりました。
まだ杖をつく日々が続いていますが、すでにジムでのリハビリを始めた清原さん。まずは痛みを減らし、日常生活を取り戻すことが目標になりそうです。
2027年8月には60歳。息子たちと笑顔でゴルフを楽しみ、再び野球に親しむ姿を見られる日が楽しみですね。
清原さんと桑田真澄さんの関係が気になる方は、清原和博と桑田真澄の関係を振り返った記事もご覧ください。
