大阪桐蔭高校の元野球部員で、希少がんと闘いながら自身の経験を発信している福森大翔(ふくもり・ひろと)さん。
オリックス・森友哉選手と高校時代の同級生で、2013年には春夏連続で甲子園に出場した元高校球児です。
現在はステージ4の希少がんと向き合い、2026年3月には4回目の手術を受けました。一方で始球式への登板や闘病経験の発信を続け、2026年7月には妻・聖欄さんとの間に第1子となる男の子も誕生しています。
福森大翔さんの大阪桐蔭時代から現在までの経歴、病気が判明した経緯、森友哉選手との関係、妻や子供について整理します。
福森大翔の現在は?希少がんステージ4で闘病
福森大翔さんは2026年現在、2つの希少がんと向き合いながら治療を続けています。
福森さんの人生が大きく変わったのは2021年、26歳のときでした。当時は立命館大学を卒業して大手ハウスメーカーに勤務していましたが、腹部の激しい痛みで救急搬送されます。
検査では胃と十二指腸に約14センチと約9センチの悪性腫瘍が見つかったと報じられています。
その後の検査で判明したのが、「消化管間質腫瘍(GIST)のSDHB型」と「遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ症候群」という2つの希少がんでした。福森さんは自身の病態について「カーニー・ストラタキス症候群」と説明しています。
最初の手術後はトレーニングを再開できるほど回復しましたが、2023年12月に胃で再発。2回目の手術では胃を3分の1切除しています。
さらに2024年9月にはリンパ節や肝臓への転移が確認され、ステージ4となりました。
2026年3月には4回目の手術
その後も治療は続き、2026年3月3日には肝臓の腫瘍を摘出する4回目の手術を受けています。
手術から約1か月後にはZOZOマリンスタジアムで始球式に登板。さらに2026年6月12日には京セラドーム大阪で行われたオリックス対阪神戦でも始球式に登板し、ノーバウンド投球を披露しています。
治療だけでなく、同じように病気と向き合っている人たちに希望を届けたいという思いから、自身の経験をSNSなどで発信する活動も続けています。
福森大翔は大阪桐蔭で甲子園出場!経歴を紹介
福森大翔さんは1995年7月29日、大阪府大阪市生まれ。2026年9月現在は31歳です。
- 名前:福森大翔(ふくもり ひろと)
- 生年月日:1995年7月29日
- 出身:大阪府大阪市
- 中学時代:大阪都島ボーイズ
- 高校:大阪桐蔭高校
- 大学:立命館大学産業社会学部
- 投打:右投右打
小学3年生から野球を始め、中学時代は大阪都島ボーイズでプレー。その後、大阪桐蔭高校へ進学しました。
同級生だったのがオリックス・バファローズの森友哉選手です。1学年上には藤浪晋太郎投手もいました。
福森さんは大阪桐蔭3年時の2013年、外野手として春のセンバツ、夏の選手権と春夏連続で甲子園に出場。夏の2回戦・日川高校戦では延長10回に右前へサヨナラ安打を放ちました。甲子園では春夏通算19打数9安打3打点という成績を残しています。
元プロ野球選手ではなく大学で野球を引退
検索時に間違えやすい点ですが、福森大翔さんは元プロ野球選手ではありません。
大阪桐蔭卒業後は立命館大学へ進学し、大学でも野球を継続。野球選手としては大学で引退し、卒業後は大手ハウスメーカーに就職しました。
社会人として営業の仕事をしながら、週末には中学生のクラブチームで野球を指導していました。そんな生活を送っていた26歳のとき、希少がんが判明します。
福森大翔と森友哉の関係は?大阪桐蔭時代から続く友情
2人は大阪桐蔭高校野球部の同級生で、2013年には一緒に春夏の甲子園を戦いました。
高校卒業後は森選手がプロ、福森さんが大学野球から会社員と別々の道へ進みましたが、その後も交流は続いています。
2025年6月15日に京セラドーム大阪で行われたオリックス対巨人戦では福森さんが始球式に登板し、捕手を森友哉選手が務めました。
抗がん剤の副作用などもあり、当初は5メートルほどしかボールを投げられない状態だったといいます。それでもトレーニングを重ね、本番では森選手のミットまでノーバウンドで投球。投球後には2人が抱き合う場面もありました。
2026年6月12日の始球式では、森選手は上半身のコンディション不良で離脱中でしたが、一塁ベンチ横の通路から福森さんの投球を見守ったと当日の報道で伝えられています。
福森大翔の妻は聖欄さん!2026年に第1子が誕生
福森大翔さんを闘病生活で支えているのが、妻の聖欄(せいら)さんです。テレビ大阪のドキュメンタリーでも夫婦の姿が紹介されています。
福森さんは2回目の手術後、数値が安定してきていた2024年7月に聖欄さんへプロポーズ。その後、リンパ節や肝臓への転移が判明しました。2024年に入籍し、厳しい治療が続く中でも夫婦で生活を歩んできました。
2026年7月に男の子が誕生
2026年7月、福森さんはInstagramで第1子となる男の子が誕生したことを報告しました。
福森さんは生まれてきた我が子について「かけがえのない奇跡」と表現し、支えてくれた家族や友人、医療スタッフへの感謝も伝えています。現在は3人家族になりました。
福森大翔が闘病経験を発信し続ける理由
福森さんは、希少がん患者の声を届け、同じように病気と向き合う人の希望になりたいという思いから、Instagramなどで闘病生活を発信しています。
希少がんは患者数が少ないため、同じ病気の人を見つけたり、治療経験について情報交換したりすることが難しいという側面があります。
福森さん自身も患者会に参加した経験を持ち、若い世代だからこそできる情報発信について語ってきました。さらに治療と並行して、講演などを通じて「命」や「生きること」について伝える活動にも取り組んでいます。
福森さんが掲げている言葉の一つが「最後は勝つ!」です。
2026年現在も治療は続いています。一方で、野球仲間とのつながりや新しく誕生した家族との時間を大切にしながら、自らの経験を発信し続けています。