かつてプロ野球のドラフトには、選手の側から入団したい球団を選べる「逆指名制度」がありました。高橋由伸や上原浩治、井口資仁など、後に球界を代表する選手もこの制度でプロ入りしています。
ただし、逆指名制度があったのは1993年から2000年まで。その後は自由獲得枠、希望入団枠へと変わり、2006年を最後に希望球団を選べる特別枠は姿を消しました。なぜ廃止されたのか、現在のドラフトとどう違うのかを振り返ります。
プロ野球ドラフトの逆指名制度とは?
逆指名制度は、大学生・社会人の選手が入団を希望する球団を表明し、その球団がドラフト1位または2位で指名する仕組みです。1993年に導入され、各球団は最大2人の逆指名選手を獲得できました。
一般的なドラフトでは球団が選手を選び、複数球団の1位指名が重なれば抽選になります。しかし逆指名を受けた球団は、対象選手を他球団との抽選なしに上位指名できました。高校生は対象外です。
とはいえ、選手が「入りたい」と言えば無条件で入団できたわけではありません。球団側にも獲得する意思が必要でした。選手の希望を反映させる一方、球団同士の水面下での獲得競争を招く制度でもありました。
逆指名制度はいつからいつまであった?
「逆指名は2000年まで」と「2007年に廃止された」という説明を見かけますが、これは名称と仕組みの違いです。
| 期間 | 制度 | 特徴 |
|---|---|---|
| 1993~2000年 | 逆指名 | 大学・社会人の1、2位指名で最大2人 |
| 2001~2004年 | 自由獲得枠 | ドラフト前に最大2人を確保 |
| 2005~2006年 | 希望入団枠 | 事前獲得は1人に縮小 |
| 2007年~ | 特別枠なし | 希望球団を優先する枠を撤廃 |
つまり「逆指名」という名前は2000年で終わり、同じ発想を引き継いだ自由獲得枠・希望入団枠が2006年まで続きました。2007年には高校生と大学・社会人のドラフトを分けたまま希望入団枠を廃止し、2008年から再び一括開催となっています。
自由獲得枠・希望入団枠との違い
自由獲得枠はドラフト前に選手を確保
2001年に始まった自由獲得枠では、大学生・社会人の選手を各球団最大2人までドラフト会議前に獲得できました。逆指名時代のように会議当日に1位・2位で指名する方式とは異なります。
ただし、自由獲得枠を使えば通常の指名にも制約がありました。2枠使った球団は通常のドラフトの序盤巡目に参加できず、1枠だけ使った球団も1巡目には参加できないなど、自由獲得枠と他の上位指名を両取りしにくい仕組みでした。
希望入団枠は1球団1人に
2005年には自由獲得枠が希望入団枠へ変更され、事前に獲得できる選手は1球団1人に減りました。同じ年から高校生ドラフトと大学・社会人ドラフトが分離開催され、育成ドラフトも始まっています。
名前は変わっても、有力な大学生・社会人選手が希望する球団へ進める点は共通していました。
逆指名制度で入団した有名選手
逆指名の8年間には、後にタイトルを獲得した選手や監督を務めた選手も数多く入団しました。
| 選手 | ドラフト年 | 球団 |
|---|---|---|
| 小久保裕紀 | 1993年 | ダイエー |
| 山内泰幸 | 1994年 | 広島 |
| 井口資仁 | 1996年 | ダイエー |
| 高橋由伸 | 1997年 | 巨人 |
| 上原浩治 | 1998年 | 巨人 |
| 二岡智宏 | 1998年 | 巨人 |
| 岩瀬仁紀 | 1998年 | 中日 |
| 阿部慎之助 | 2000年 | 巨人 |
高橋由伸はヤクルトではなく巨人を選んだ
慶應義塾大学で活躍した高橋由伸は、1997年に巨人を逆指名しました。当時はヤクルト入りも有力視されていただけに、巨人を選んだ決断は大きなニュースに。プロ入り後は巨人の主力として活躍し、引退後には監督も務めました。
上原浩治は入団1年目から20勝
大阪体育大学から1998年に巨人を逆指名した上原浩治は、翌1999年に20勝を挙げ、最多勝と新人王を獲得しました。その後はメジャーリーグでも活躍。2013年にはレッドソックスでワールドシリーズ優勝を経験しています。
井口資仁と岩瀬仁紀も逆指名組
青山学院大学からダイエー入りした井口資仁は、日本とメジャーの両方でプレー。社会人野球のNTT東海から中日に入った岩瀬仁紀は、通算1002試合登板、407セーブを記録しました。
こうして顔ぶれを見ると、逆指名が球団の長期的な戦力づくりに与えた影響の大きさがわかります。
逆指名制度が廃止された理由
廃止の背景には、希望球団に選んでもらうための獲得競争が過熱したこと、そして金銭授受をめぐる不祥事がありました。
人気球団や資金力のある球団に有利との批判
選手が球団を選べるのは魅力的ですが、人気や資金力で球団間に差があれば、有力選手が一部の球団に集中する可能性があります。戦力均衡を図るというドラフトの目的との兼ね合いが、長く議論されてきました。
2004年には一場靖弘をめぐる金銭問題
2004年、明治大学の投手だった一場靖弘に対し、巨人・横浜・阪神の関係者が金銭を渡していたことが発覚。球団幹部の辞任に発展し、ドラフト前の獲得活動が厳しく問われました。
この一件については、当サイトの一場靖弘の裏金問題と巨人入りが白紙になった経緯でも詳しく取り上げています。
2007年の西武の金銭供与問題が廃止の契機に
2007年には、西武がアマチュア選手に金銭を供与していた問題が明らかになりました。これを受けて希望入団枠への批判がさらに強まり、同年のドラフトから撤廃されました。
ただし、逆指名や自由獲得枠で入団した選手全員が不正に関わっていたわけではありません。問題は、特定の事例で発覚した不適切な金銭授受と、獲得競争をめぐる制度上の課題です。
現在のドラフトで希望球団を選べる?
2026年現在、選手が希望球団を指定して優先的に入団できる逆指名・希望入団枠はありません。大学生や社会人も高校生と同じく、球団の指名を受ける仕組みです。
もちろん、選手が「この球団に入りたい」と希望を持つことはできます。ただし、その希望に他球団の指名を制限する効力はありません。
一方で、ドラフト指名は入団の強制ではありません。指名球団が得るのは入団交渉権であり、選手は交渉の結果、入団を断ることもできます。入団拒否の事例はドラフト指名を拒否するとどうなる?歴代選手の理由とその後で紹介しています。
また、複数球団の1位指名が重なった際の抽選の仕組みは、ドラフトの外れ1位とは?でも解説しています。
逆指名制度は選手の希望を尊重する仕組みでしたが、獲得競争の過熱や金銭問題を経て廃止されました。現在のドラフトの抽選に一喜一憂するとき、その背景にはこうした制度改革の歴史があるのです。
