篠原ともえはなぜ英語教科書に?現在の仕事とシノラーからの転身

1990年代に「シノラー」として一世を風靡した篠原ともえさん。あのカラフルなファッションでテレビをにぎわせていた姿を覚えている人も多いでしょう。

そんな篠原さんが2026年10月、高校の英語教科書に登場したと報告しました。現在はデザイナーとして活躍し、2028年には大学の特別招聘教授に就任する予定です。

なぜ英語教科書に取り上げられたのでしょうか。答えは、かつて学んだ服飾を大人になってからもう一度学び直した、その歩みにあります。

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篠原ともえが英語教科書に載った理由は?

2026年10月20日、篠原ともえさんはInstagramで、東京書籍の高校1年生向け英語教科書に自身の活動が掲載されたと報告しました。

題材のタイトルは「Never Too Late to Learn and Relearn」。学ぶことや学び直すことに遅すぎるということはない、という意味です。

本人の説明によると、デザイナーとしてのものづくりへの考え方や、10代で通った服飾の学校で再び学んだ経験が、英文や設問を含む12ページにわたって紹介されています。

つまり、話題の中心は「シノラーが教科書に載った」という意外性だけではありません。好きなことを長く続け、いくつになっても学び直す姿勢そのものが教材のテーマになっているのです。

なお、出版社が篠原さんを選んだ詳しい選考過程が公表されたわけではありません。ここで紹介したのは、本人が明かした掲載内容から読み取れる理由です。

篠原さん自身も現在英語を勉強しているそうで、教科書の題材になった本人もまた学び続けているというのが面白いところですね。

掲載を報告した写真や本人の言葉は、篠原ともえさんの公式Instagramで紹介されています。

篠原ともえの現在はデザイナー!シノラー時代から続く服作り

篠原ともえさんは1979年3月29日生まれ。1995年に歌手デビューし、1990年代後半には独特のファッションと明るいキャラクターで大ブレークしました。

腕いっぱいのアクセサリー、カラフルな衣装、個性的な髪形。当時はそのスタイルをまねする「シノラー」も続出しました。

今の落ち着いたデザイナー姿だけを見ると、まるで別人のように感じるかもしれません。しかし、服作りへの情熱は当時から変わっていません。

篠原さんは芸能活動と並行して文化女子大学短期大学部の服装学科で学び、デザインの知識を身につけました。日本女子大学が公表した経歴にも、同短期大学部のデザイン専攻卒業と記されています。

本人は大学側へのコメントでも、10代から自ら手がけた衣装を通じて表現を届けてきたと振り返っています。

シノラー時代のファッションも、単なるテレビ用の奇抜な衣装ではなく、自分らしさを形にする創作活動の一部だったのでしょう。

40代で学び直し、夫とSTUDEOを設立

篠原さんは歌手や俳優などとして活動する一方、松任谷由実さんや嵐のステージ衣装のデザインにも携わってきました。

そして大人になってから、かつて学んだ服飾をもう一度学び直します。長年の経験があっても、改めて学ぶことを選んだのです。

2020年には、アートディレクターの池澤樹さんとクリエイティブスタジオ「STUDEO(ストゥディオ)」を設立。現在はデザイナー、アーティストとして、衣装だけでなくプロダクトや空間、伝統工芸に関わる作品なども手がけています。

テレビでの活動を完全に引退したというわけではありませんが、仕事の中心はものづくりへと大きく広がりました。

革の着物で世界的な賞も受賞

代表的な実績のひとつが、革の端材を活用した着物作品です。

2022年には、この革きもの作品のデザイン・ディレクションが評価され、国際的な広告・デザイン賞であるニューヨークADC賞の2部門で銀賞と銅賞を受賞。東京ADC賞でも評価されました。

素材を生かしながら日本の文化を新しい形で伝える仕事は、かつて自分の服で個性を表現していた頃ともどこかつながっています。

「シノラーからデザイナーへ」というと突然の転身のようですが、実際には長年積み重ねてきた服作りが、今の仕事につながっているのです。

2028年には大学教授に!教える側になった篠原ともえ

さらに2026年10月8日、日本女子大学は篠原ともえさんを特別招聘教授として迎えると発表しました。

対象となるのは、2028年4月の開設を構想している「ファッションデザイン学部(仮称)」です。

篠原さんは大学の発表で、素材に触れ、現場を訪ね、作り手の声を聞きながら自分の手を動かしてきた経験を紹介。学生と一緒に考え、新しい創造の可能性を探ることへの期待を語っています。

ただし、新学部は構想段階にあり、開設時期や内容が変更される可能性があります。2026年現在、すでに教授として授業を担当しているという意味ではありません。

若い頃に服飾を学び、大人になって学び直し、今度は次の世代にものづくりを伝える立場へ。英語教科書に取り上げられた「学び続ける」というテーマが、ここでもつながってきます。

まとめ|シノラー時代から変わらないもの

篠原ともえさんが英語教科書に登場した背景には、10代から続けてきた服作りと、大人になってからの学び直しがあります。

現在はSTUDEOでデザイナーとして活躍し、国内外のデザイン賞も受賞。2028年には日本女子大学の特別招聘教授に就任する予定です。

シノラー時代と今では見た目も仕事も大きく変わりました。それでも、好きなものを自分の手で形にするという姿勢はずっと同じなのかもしれません。

あのカラフルなファッションで日本中を驚かせた篠原さんが、今度は高校生の教科書に登場する。そんな未来を、当時誰が想像したでしょうか。

参考:MANTANWEB(2026年10月21日)/日本女子大学公式発表(2026年10月8日)

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