もりひの現在は?22歳で希少がんと闘う経歴・治療状況と音楽活動

希少がんと闘いながら、YouTubeやInstagramで日々の様子を発信する「もりひ」さん。2026年の取材では22歳で、約15年に及ぶ闘病経験や音楽への思いを語っています。

2026年9月には抗がん剤治療後の生活を収めた動画も公開。病気の経過だけでなく、鍼灸師として働いた経歴、恋人への思いを込めた楽曲、ライブ活動にも関心が寄せられています。

現在までに公表された治療の経緯と、仕事・音楽・今後の夢を整理しました。

目次

もりひの現在は?2026年9月も治療と音楽活動を発信

もりひさんは2003年生まれ、大阪府出身のYouTuber・音楽活動者です。2026年4月の文春オンラインの取材時点では、病気のため鍼灸師の仕事を休み、SNS活動に注力していると話していました。

2026年9月23日には公式YouTubeで「【Vlog】抗がん剤を打った次の日の1日」を公開。少なくとも同月も抗がん剤治療を受けていたことが確認できます。

ただし、10月現在の具体的な薬剤、治療効果、病状の見通しについては、最新の本人発信や医療機関による公表を確認できていないため断定できません。

【本人のYouTube:抗がん剤を打った次の日の1日】

9月29日には「Dancing Night」のリリースもYouTubeで発信しており、治療と並行して音楽を続けていることが分かります。

プロフィールと鍼灸師の経歴

  • 活動名:もりひ
  • 生年:2003年
  • 年齢:22歳(2026年の取材時点)
  • 出身:大阪府
  • 資格:鍼灸師
  • 活動:YouTube、Instagram、TikTok、音楽活動
  • 公表している病名:明細胞性歯原性悪性腫瘍

文春オンラインの本人インタビューによると、18歳から整骨院で見習いとして働き、2025年に国家試験に合格。鍼灸師としての仕事を経験しましたが、病気の影響で2025年11月ごろから休職したといいます。

「闘病を発信する人」というだけでなく、専門資格を取り、働きながら音楽にも取り組んできた人物です。

もりひの病気は何?小学生から続く希少がんの経緯

病名は「明細胞性歯原性悪性腫瘍」。歯を形成する組織に由来する非常に珍しい悪性腫瘍です。症例が少なく、治療方針の判断が難しい病気として本人の取材記事でも取り上げられています。

小学2年生で異変、小学6年生で右上顎の手術

最初に右上の歯が強く痛んだのは小学2年生のころ。当初は良性のエナメル上皮腫と説明されましたが、その後の検査を経て、小学6年生のときに希少ながんと診断され、右上顎を全摘出する手術を受けたと語っています。

その後も中学3年生のころに反対側で病変が見つかり、重粒子線治療を受けました。重粒子線治療は粒子線を用いる放射線治療の一種です。

2023年の再発と、その後の治療

2023年には再び痛みが強まり、検査でがん細胞が見つかりました。集英社オンラインの取材では、過去の重粒子線治療後の影響で顎の骨や歯茎に壊死が起きたこと、2025年には左頬に穴が開き始めたことも明かしています。

2025年4月から治験薬を使った治療を受けたものの、本人の説明では十分な効果が得られませんでした。その後も治療を続け、2026年9月のYouTubeでは抗がん剤投与後の日常を公開しています。

2026年4月のインタビューで説明していた治療内容を、10月現在も変更なく継続しているとは限りません。医療上の判断や最新の病状は本人の公表範囲にとどめる必要があります。

もりひはなぜSNSで発信する?家族への思いと反響

もりひさんがYouTubeやTikTokで本格的な発信を始めたのは2025年6月ごろです。

集英社オンラインのインタビューでは、病状の悪化で苦しむ中、家族を明るくしたかったこと、自分の姿を隠さず発信する道を選んだことを語っています。

一方、文春オンラインの2026年4月の取材では、外見や病気に関する誹謗中傷についても取り上げられました。動画で明るく振る舞っていても、それだけで心身の負担が小さいとは言えません。

2026年1月に公開された集英社オンラインの本人インタビューは、同年上半期の同媒体のインタビュー記事ランキングで1位となりました。病気の進行だけでなく、本人の言葉や生き方が多くの読者に届いたことがうかがえます。

【本人のInstagram投稿(2026年9月)】

もりひさんのInstagram投稿を見る

【もりひさんの公式SNS】

Instagram:@morihi_1210 / 公式YouTubeチャンネル

もりひの彼女と音楽活動「ナカナイカノジョ」の背景

もりひさんは、恋人への思いを込めたオリジナル曲「ナカナイカノジョ」を制作しています。2026年1月の集英社オンラインの取材では、再発を恋人に伝えた際のことや、支えてくれる存在への気持ちを率直に語りました。

恋人の詳しい個人情報は公開されている範囲を超えて追うべきものではありません。楽曲や本人の言葉から、その関係の大切さを知ることができます。

2025年12月の初単独ライブはチケット即日完売

2025年12月には大阪で初めての単独ライブを開催。集英社オンラインによると、チケットは発売日に完売し、配信視聴は6,600人を超えました。

ステージでは友人たちとともに、好きなバンド「マカロニえんぴつ」のカバーやオリジナル曲など計8曲を披露。最後に歌ったのが、自身で作詞・作曲した「ナカナイカノジョ」です。

さらに2026年9月には「Dancing Night」のリリースを告知。単発のチャレンジで終わらず、音楽活動を続けています。

将来は自分の店や大きな会場でのライブも

本人は将来の夢として、鍼灸師として自分の店を持つこと、本を出すこと、さらに大きなライブ会場で歌うことを挙げています。大阪のZepp Nambaでのライブへの憧れも語っていました。

これらは本人が語った希望であり、開催や開業が決定したという意味ではありません。

小学生から長く治療を続けながら、資格を取得し、音楽も形にしてきたもりひさん。今後の病状は予測できませんが、本人が発信する治療の経過とともに、音楽や仕事への取り組みも引き続き見守りたいところです。

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