音楽プロデューサーの須藤晃(すどうあきら)さんが、2026年10月7日に亡くなりました。74歳でした。所属するカリントファクトリーが10月15日に発表しています。
須藤さんは尾崎豊の「15の夜」「I LOVE YOU」「卒業」をはじめ、浜田省吾、村下孝蔵、玉置浩二らの音楽制作に関わった人物です。どのような名曲を支え、アーティストたちとどんな関係を築いてきたのでしょうか。本人が生前に語った制作秘話も交えて振り返ります。
須藤晃が手がけた名曲と代表作品一覧
須藤さんが制作を担当したアーティストと、代表的な楽曲を整理しました。曲によってディレクター、プロデューサー、作詞など関わり方は異なり、下記の全曲で須藤さんが作詞・作曲を担当したという意味ではありません。
- 尾崎豊:「15の夜」「I LOVE YOU」「卒業」「OH MY LITTLE GIRL」
- 浜田省吾:「悲しみは雪のように」「J.BOY」などの楽曲・作品
- 村下孝蔵:「初恋」「踊り子」「ゆうこ」
- 玉置浩二:「田園」(玉置さんと須藤さんの共作詞)、「メロディー」などの作品
- そのほか:橘いずみ、馬場俊英、石崎ひゅーいらを担当
浜田省吾さんや玉置浩二さんの各楽曲については、個別曲単位での須藤さんの制作役割をここですべて確定しているわけではありません。アーティストとの仕事の広がりを示す代表曲として紹介しています。
なかでも「田園」は玉置浩二さんと須藤さんの共作詞。須藤さんは音楽理論や譜面よりも、歌詞と言葉が人にどう届くかを大切にしていたと語っています。
尾崎豊との関係は?「15の夜」「I LOVE YOU」の制作秘話
須藤さんと特に縁が深かったのが、1992年に26歳で亡くなった尾崎豊さんです。高校生だった尾崎さんのデビュー作『十七歳の地図』などの制作を担当しました。なお須藤さん自身は、尾崎さんを「最初に見つけた」「発掘した」わけではないと、ソニーミュージックのインタビューで説明しています。
「15の夜」と石川啄木の意外なつながり
「15の夜」というタイトルには石川啄木の短歌が関係しています。須藤さんがBillboard JAPANに寄せた文章によると、二人が最初に共通の話題にしたのが啄木でした。啄木の歌にある「十五」という数字を意識して一度は「十五の夜」と考えましたが、尾崎さんが「十五夜」みたいだと笑ったため、数字表記の「15の夜」になったといいます。
「15の夜」は、ただ反抗的な若者を描いた歌ではありません。須藤さんは尾崎さんの作品の奥にある、心の揺れや自由への思いを重視していました。
「I LOVE YOU」は最初の録音を採用
ソニーミュージックの2023年のインタビューで、須藤さんは「I LOVE YOU」の歌唱を2回録音したものの、作品には最初のテイクを採用したと語っています。
「卒業」の録音についても、プロデューサーとして誇りに思う仕事だったと回想。歌い手のその瞬間の表現を大切にしたことが伝わります。
浜田省吾・村下孝蔵・玉置浩二とはどんな関係?
浜田省吾とは長年の制作パートナー
須藤さんは浜田省吾さんの作品制作にも関わりました。浜田さんの代表作には「悲しみは雪のように」やアルバム『J.BOY』などがあります。「悲しみは雪のように」は1992年のドラマ『愛という名のもとに』の主題歌としても広く知られています。
浜田さんの楽曲を須藤さん自身の作曲作品と混同しないことが重要です。須藤さんの役割は、アーティストと共に作品を作り上げる制作側の仕事でした。
村下孝蔵「初恋」などの制作
村下孝蔵さんの「初恋」は1983年の大ヒット曲です。須藤さんはソニーミュージックのインタビューで、村下さんの「初恋」がヒットした年は担当部署内でも非常に大きな成果を挙げたと話しています。
村下さんについても、須藤さんは自分が最初に発掘したわけではないと明言しています。すでにあった才能を作品として世の中へ届けることに力を注いだのでしょう。
玉置浩二「田園」では共作詞
1996年の玉置浩二さんの代表曲「田園」は、玉置さんと須藤さんが共同で作詞した作品です。須藤さんは本人インタビューで、玉置さんのような才能豊かな音楽家とは音楽理論ではなく歌詞について深く話し合ったと振り返っています。
メロディーだけでなく、どのような言葉を歌に乗せるか。文学を学んできた須藤さんならではの関わり方が見えてきます。
須藤晃の経歴は?東大卒から富山での活動まで
須藤さんは1952年8月6日、富山県射水郡小杉町(現在の射水市)生まれ。東京大学文学部英米文学科を卒業し、1977年にCBS・ソニーに入社しました。
1996年にソニー・ミュージックエンタテインメントを退社し、株式会社カリントファクトリーを設立。その後も音楽プロデュースや執筆などを続けています。
2008年には富山市政策参与、2015年には富山市民文化事業団の芸術監督に就任。生まれ故郷で文化芸術を広める仕事にも携わってきました。
尾崎豊の息子・尾崎裕哉ともつながり
尾崎豊さんとの関係は、息子でシンガーソングライターの尾崎裕哉さんにも続きました。2018年には裕哉さんのオーケストラ公演で音楽監督を担当。Billboard JAPANへの寄稿では、裕哉さんにビルボードライブ東京での公演を提案したことも明かしています。
父親の作品を支えた人物が、次の世代の音楽活動にも関わっていたのです。
須藤晃の死因や葬儀は?お別れの会は開催される?
カリントファクトリーが2026年10月15日に発表した訃報によると、須藤さんは病気療養中の10月7日に亡くなりました。具体的な病名や詳しい死因は公表されていません。
通夜と葬儀は本人の意向により近親者のみで執り行われました。事務所は弔電、供花、香典、手紙などを辞退し、遺族への直接の連絡や弔問も控えるよう求めています。
一方、後日「お別れの会」を開催する予定で、10月15日時点では日時・会場・参加方法を調整中としています。最新の案内はカリントファクトリー公式サイトで確認できます。
須藤さんが携わった歌の多くは、発表から長い年月を経ても聴き継がれています。「15の夜」「I LOVE YOU」「田園」といった曲を改めて聴くと、その歌詞や歌声の背景にあったプロデューサーの仕事にも思いを向けられそうです。
