1990年代、横浜に「一年中、真夏のリゾート気分を味わえる場所」があったことをご存じでしょうか。
その名はワイルドブルーヨコハマ。
巨大な波のプールや流れるプールなどを備えた大型屋内ウォーターパークで、平成を代表するレジャースポットのひとつでした。
ところが、1992年の開業から約9年後となる2001年8月31日に閉園しています。
現在Googleで検索すると「事件」「事故」「閉鎖 理由」「跡地」といった言葉も表示されますが、閉園には何があったのでしょうか。
当時の報道などをもとに、閉園理由や施設の特徴、跡地の現在まで振り返ります。
ワイルドブルーヨコハマはどんな施設だった?
ワイルドブルーヨコハマは、神奈川県横浜市鶴見区平安町にあった大型の屋内温水プール施設です。
日本鋼管(NKK)が所有していた土地の有効利用を目的として建設され、1992年6月に開業しました。
最大の特徴は、横浜にいながら南国のビーチリゾートのような雰囲気を楽しめたことです。
中心となっていたのが「ビッグベイ」と呼ばれる巨大な造波プール。
1992年当時の施設紹介では、90メートル×50メートルの大きさがあり、最大約2メートルの波を発生させることができたとされています。
ボディーボードを楽しめる時間もあり、当時としてはかなり珍しい施設でした。
ほかにも流れるプールや子ども向けプール、ウォータースライダー、夏季限定の屋外プールなどがあり、まさに「屋内に作られた海」のような場所だったのです。
入園料について、閉園直前の案内では通常シーズンの大人料金が2,900円、トップシーズンは3,900円と紹介されています。
今の感覚でも決して小さな金額ではありませんが、天候や季節に左右されず遊べる大型ウォーターパークとして注目されました。
ワイルドブルーヨコハマはなぜ閉園?事件や事故が原因?
ワイルドブルーヨコハマについて検索すると「事件」「事故」という関連ワードが出てくることがあります。
そのため、何か大きな事故や事件が起き、それが原因で閉園したのではないかと思う人もいるかもしれません。
しかし、今回確認した当時の閉園報道では、重大事件や事故を理由として閉園したという事実は確認できませんでした。
2001年4月、運営母体だったNKKはワイルドブルーヨコハマの閉園と運営事業からの撤退を決定しています。
海事プレスの当時の記事では、開業以来600万人を超える来場者があった一方、近年の景気低迷によって入場者が伸び悩んでいたことが伝えられています。
つまり、閉園理由として公式報道から読み取れる大きな要因は「集客・事業面の問題」です。
また、日本海事新聞は事業撤退に伴う損失として33億円を計上したと報じています。
1992年といえば、バブル崩壊後の景気低迷が本格化していった時期。
巨大な屋内空間に大量の水を使用し、一年中温水プールを営業する施設ですから、設備の維持や運営にも相応のコストが必要だったと考えられます。
さらにワイルドブルーヨコハマは駅前型の施設ではありませんでした。
こうした複数の条件が重なり、開業から約9年で営業を終了することになったようです。
なお「事故」「事件」という検索候補が表示されること自体は、それが実際に閉園原因だったことを意味するものではありません。
少なくとも確認できる信頼性の高い当時の報道では、閉園理由は経営・集客面を中心に説明されています。
ワイルドブルーヨコハマの跡地は現在どうなっている?
ワイルドブルーヨコハマは2001年8月31日をもって営業を終了しました。
では、あれほど巨大だった施設の跡地は現在どうなっているのでしょうか。
現在、その場所には「ヨコハマアイランドガーデン」という大規模マンションが建っています。
これは単なるネット上の噂ではなく、開発に携わった相鉄不動産の公式サイトにも、ワイルドブルーヨコハマの跡地利用だったことが明記されています。
ヨコハマアイランドガーデンは総戸数740戸。
2002年から2003年にかけて供給され、屋内プールや医療施設、コンビニエンスストアなどを備えた大規模マンションとして開発されました。
かつて大勢の人が水着姿で遊んでいた場所に、現在は多くの人が暮らしていると考えると不思議な感じがしますね。
そして、完全にワイルドブルーヨコハマの面影が消えてしまったわけでもありません。
テレビ東京「出没!アド街ック天国」は2011年の放送で、ワイルドブルーヨコハマの室内にあった本物のヤシの木がマンションの外側に移植されたと紹介しています。
南国リゾートを演出していたヤシの木が、形を変えて現在までその場所の歴史を伝えているわけです。
平成を代表する大型レジャー施設だった
ワイルドブルーヨコハマが営業していたのは1992年から2001年まで。
10年に満たない期間でしたが、600万人を超える人が訪れたと報じられており、多くの人の記憶に残っています。
特に最大約2メートルという大きな人工波やボディーボードを楽しめるプールは、現在振り返ってもかなり大胆な施設です。
1990年代には大型レジャー施設が次々と登場しましたが、時代や景気の変化とともに姿を消していった場所も少なくありません。
ワイルドブルーヨコハマも、そのひとつだったのでしょう。
「事件や事故があって突然なくなった」というより、当時の報道から確認できるのは、景気低迷による集客の伸び悩みなどを背景にNKKが事業撤退を決めたという経緯です。
現在はマンションへと生まれ変わりましたが、ヤシの木などにかつての面影が残っています。
平成の横浜に存在した「一年中遊べる南国の海」。当時遊びに行った人にとっては、今も忘れられない懐かしい場所なのではないでしょうか。
