東京マリンは今どうなった?閉園理由と跡地・現在の施設を調査

かつて東京都足立区にあった大型レジャープール「東京マリン」。巨大なウォータースライダーを覚えている人も多いのではないでしょうか。

結論からいうと、ウォーターパーク東京マリンは2001年夏に閉園し、跡地は現在、マンション「東京アクアージュ」になっています。一方、「東京マリン」の名を受け継ぐスイミング事業は2026年現在も続いています。閉園理由とその後を、当時の倒産記録や運営会社の沿革から整理します。

目次

東京マリンの跡地は今どうなった?

ウォーターパーク東京マリンがあったのは、東京都足立区栗原3丁目25番1号。現在は大型マンション「東京アクアージュ」が建つ場所です。昔のプールを探しても、当時のウォータースライダーや屋外プールは残っていません。

テレビ東京『出没!アド街ック天国』でも、かつて東京マリンがあった場所にマンションが建ったことが紹介されています。跡地を訪れる場合は住宅地であることに配慮したいところです。

東京マリンが閉園した理由は?2000年に旧運営会社が破産

閉園の大きな背景は旧運営会社の経営破綻です。帝国データバンクの倒産速報によると、東京マリン株式会社は2000年10月24日に東京地裁へ自己破産を申請し、翌25日に破産宣告を受けました。同社単独の負債は約70億円。関連2社を含めた負債は約86億円と報じられています。

同社は1972年に設立され、プールに加えてフィットネスクラブやアミューズメント施設などにも事業を広げました。1996年1月期には年収入高約26億1300万円を計上していましたが、2000年1月期は約9億1500万円に減少しました。

プール事業は天候の影響を受けやすく、売店などの収入も伸び悩んでいました。加えて、新しいスライダーをはじめとする設備投資の借入金が経営を圧迫。資金調達も限界に達したと帝国データバンクは説明しています。

つまり「人気がなくなったから閉園した」と単純に言えるわけではありません。大型施設を維持・更新する負担と、収益の落ち込みが重なっていたのです。

なお、会社の破産は2000年ですが、施設の最終閉園日は2001年9月9日です。テレビ東京『出没!アド街ック天国』の当時の放送記録にも明記されています。テレビ東京の当時の紹介ページで確認できます。この2つの時期は区別する必要があります。

出典:帝国データバンク・2000年10月25日付倒産速報、同11月1日付続報

東京マリンはどんな施設だった?名物は巨大スライダー

東京マリンは1972年に誕生した、レジャープールの先駆け的な施設です。現在の東京マリン公式サイトでも、当時は「関東の四大プール」と評されたと紹介されています。

流れるプールや大型ウォータースライダーなどを備え、1997年には急傾斜のチューブ型スライダー「BLACK MAGIC」を新設。帝国データバンクによると、年間入場者数は約14万人を確保していた時期もありました。

子どもの頃に訪れた人にとっては、スライダーの高さや夏のにぎわいが強く記憶に残っているかもしれません。

足立区立郷土博物館の収蔵資料には開業当時の写真も残されています。昔の姿を確かめたい場合は、足立区立郷土博物館「オープン直後の東京マリン」が参考になります。

現在の東京マリンは?スイミングクラブとして続く

レジャープールは閉園しましたが、東京マリンの名前そのものがなくなったわけではありません。

現在の運営会社は株式会社ティー・エム・エンタープライズ。同社公式沿革によると、2001年4月に設立され、旧東京マリン株式会社から業務を引き継いでスポーツ・レジャー施設の運営受託事業を開始しました。2005年には合併により東京マリンスイミングクラブの営業権を取得しています。

2026年10月現在、公式サイトには西新井スイミング、江北フィットネス、舎人スイミングが掲載されています。西新井スイミングは1979年開業で、同社は「東京マリン発祥のクラブ」と紹介しています。

現在の施設は、水泳教室やフィットネスなどを行うクラブであり、かつての大型屋外レジャープールとは異なります。

詳しくは東京マリン公式・会社概要と沿革、東京マリン公式サイトをご覧ください。

2026年現在、東京マリンの跡地に昔のウォーターパークが復活するという公式発表は確認できません。ただ、かつての施設から始まった水泳の歴史は、地域のスイミングクラブに受け継がれています。昔の写真と現在の街並みを見比べると、足立区の変化も感じられそうです。

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