男子バレーボール界で「らんるい」として親しまれてきた髙橋塁選手と髙橋藍選手。顔立ちが似ているだけでなく、小学生の頃から同じ競技に打ち込み、中学・高校、そしてサントリーサンバーズ大阪でも同じユニフォームを着た兄弟です。
2026年は藍選手が再び海外リーグへ挑戦し、兄弟が同じチームで戦った2シーズンに一区切りがつきました。さらに9月29日には、塁選手が自身について大切な公表を行い、その中で弟・藍選手との対話が大きな転機になったことも明かしています。
ここでは、2人の年齢差や家族構成、バレーを始めたきっかけ、兄弟ならではの関係、そして2026年現在の活動まで整理します。
髙橋塁と髙橋藍は実の兄弟|年齢差や家族構成は?
髙橋塁選手と髙橋藍選手は、京都市出身の実の兄弟です。
- 兄・髙橋塁:2000年1月14日生まれ
- 弟・髙橋藍:2001年9月2日生まれ
誕生日だけを見ると年齢差は約1年8か月。塁選手が早生まれのため、学年では2学年違います。
兄弟には妹の莉々さんがおり、3人きょうだいです。母・小百合さんは過去のインタビューで、塁選手と藍選手について「年子の育児は壮絶だった」と振り返っています。
興味深いのは、2人がバレーボールを始めた順番です。最初に競技へ興味を持ったのは兄の塁選手でした。サントリーの公式プロフィールによると、テレビで全日本女子の栗原恵さんを見たことがきっかけで、8歳からバレーを始めています。
一方の藍選手は公式プロフィールで、バレーを始めたきっかけを「兄がしていたから」と回答しています。現在世界で活躍する藍選手にとって、バレーボールとの最初の接点そのものが兄・塁選手だったことになります。
髙橋藍にとって兄・塁はずっと最大のライバル
仲の良い兄弟として知られる2人ですが、競技では強いライバル意識もありました。
2026年の髙橋藍サポーターズミーティングで、藍選手はバレーを始めた頃から「ずっと塁」がライバルだったと説明。兄が先に全国大会で結果を残し、周囲から褒められる姿を見て「自分もできる」という気持ちを強くしていたそうです。
ところが兄の塁選手は、弟がそこまで自分をライバル視していたことを長く知らなかったと明かしています。藍選手が春高で優勝する頃、メディアで話しているのを見て初めて知ったというのです。
中学時代には塁選手がエース、当時1年生だった藍選手がリベロとして全国大会に出場。東山高校でも兄弟で同じコートに立ちました。大学は塁選手が日本大学、藍選手が日本体育大学へ進み、2020年の全日本インカレでは兄弟対決も実現しています。
兄の背中を追った弟が、追いつき、やがて互いを刺激する選手になっていった関係と見るほうが近そうです。
サントリーで再び同じチームに|2年間が兄弟にとって特別な時間に
塁選手は日本大学卒業後の2022年にサントリーサンバーズ大阪へ加入。藍選手はイタリアでのプレーを経て、2024-25シーズンから同じサントリーに加入しました。高校時代以来となる兄弟でのチームメートです。
2025-26シーズンには藍選手がキャプテンを務め、兄の塁選手が支えるという、学生時代とは逆の関係も生まれました。塁選手はインタビューで、海外経験を積んだ弟の言葉や振る舞いに成長を感じていると話しています。
2026年5月、藍選手の退団が決まると、塁選手はSNSで「藍と過ごした2シーズンは非常に濃く、一生の思い出」と投稿しました。ファイナルでは兄弟そろって重要な場面でサービスエースを決めるなど、最後まで印象的な姿を見せています。
現在、藍選手は2026-27シーズンからポーランド1部のボクダンカ・ルク・ルブリンへ移籍。9月22日に日本を出発し、3シーズンぶりとなる海外リーグで新たな挑戦を始めています。
一方の塁選手はサントリーとの契約を更新し、2026-27シーズンも背番号21でプレーします。兄弟は再び別々の場所で競技を続けることになりました。
髙橋塁が2026年9月29日に公表|弟・藍との会話が転機に
2026年9月29日、塁選手は自身のSNSで、自身がゲイでありセクシュアルマイノリティの一人であることを公表しました。
本人の文書で特に印象的だったのが、弟・藍選手との関係について触れた部分です。
塁選手は、約2年間にわたって藍選手と同じチームで過ごしたことが自身にとって大きかったと説明。藍選手と話したことをきっかけに、初めて自分自身を認めることができたと明かしました。
公表は新シーズンを迎えるタイミングで、応援してくれる人たちへ自分の言葉で伝えたいと考えたためだとしています。また、今後もバレーボールに尽力し、自身の成長のために努力する姿勢は変わらないとしています。
この内容からも、2人の関係は単なる「有名なバレー兄弟」にとどまらず、競技以外の人生でも本音を話せる関係であることが伝わってきます。
仲良しだけではない「らんるい」の兄弟関係
2人はYouTubeなどでも自然な掛け合いを見せてきました。藍選手は兄を「お兄ちゃん」ではなく昔から「塁」と呼んでおり、家族同士でも名前で呼び合うことが多いそうです。
2026年には兄弟と愛犬ヨグで家族旅行に出かけた様子も公開されました。また、藍選手のサポーターズミーティングに塁選手がサプライズ登場した際には、子どもの頃にスーパーでお菓子を選んだ思い出など、普通の兄弟らしいエピソードでも会場を沸かせています。
2025年には2人そろって京都府文化観光大使に就任。地元・京都とのつながりも兄弟共通の活動の一つになっています。
兄の影響でバレーを始めた藍選手と、その弟の成長をすぐそばで見てきた塁選手。追いかける側、ライバル、チームメート、そして人生の大切な話を交わせる家族へと、2人の関係は時間とともに形を変えてきました。
2026-27シーズンは塁選手が日本、藍選手がポーランドと舞台は離れます。それでも、それぞれの場所で挑戦を続ける「らんるい」の今後に、引き続き注目が集まりそうです。
