2000年代、歌舞伎町のカリスマホストとしてテレビでも活躍した城咲仁(しろさきじん)さん。
老舗ホストクラブ「クラブ愛」で5年間No.1を維持し、2005年にホストを引退してタレントへ転身しました。
2026年現在は、テレビ通販への出演や商品開発、会社経営を中心に活動しています。
2026年には第一子となる女の子の誕生も発表。ホスト時代の伝説から引退理由、芸能界での苦労、結婚と現在の仕事まで振り返ります。
城咲仁の現在は?通販や商品開発で活躍
城咲仁さんは現在、QVCなどのテレビショッピングへの出演、商品開発、会社経営を行っています。
2026年2月のテレビ番組では、自身が経営する会社の年商が約4,000万円であると明かしました。これは会社の売上高であり、本人の年収ではありません。
美容や健康、食品などの商品を扱い、商品について学ぶための資格取得にも取り組んできました。
2026年にはライブコマース「城咲商店」にも取り組み、テレビだけでなくSNSにも活動の場を広げています。
ホスト時代の収入10億円から再起するまで
2026年2月放送のフジテレビの番組では、ホスト時代の総収入は約10億円、最高年収は約3億円、誕生日の月には約8,000万円を稼いだと振り返っています。
いずれも本人が語った当時の金額です。現在、その大金は残っていないとも明かしました。
芸能界転身後には仕事が減り、生活水準を見直さなければならない時期もありました。
その後、テレビ通販や商品開発に活路を見いだします。通販での大きな販売実績も紹介されていますが、商品の売上と本人の収入は別のものです。
ホスト時代の接客経験に加え、商品の知識を身につけて仕事の幅を広げたことが、現在につながっています。
城咲仁のプロフィールとクラブ愛No.1時代
- 名前:城咲仁(しろさき じん)
- 生年月日:1977年9月23日
- 年齢:49歳(2026年10月現在)
- 出身地:東京都
- 血液型:B型
- ホスト時代の勤務先:歌舞伎町「クラブ愛」
- ホスト歴:約6年間(本人インタビューによる)
- ホスト引退:2005年
城咲さんは東京都板橋区で中華料理店「丸鶴」を営む家庭で育ちました。
若い頃に音楽活動や飲食店での仕事を経験した後、歌舞伎町のホストクラブ「クラブ愛」で働くようになります。
入店2か月でNo.1、5年間トップを維持
本人インタビューによると、入店からわずか2か月でNo.1となり、その後5年間トップを維持しました。
当時は現在のようにSNSで集客する時代ではありません。出勤前に長時間名刺を配るなど、地道な営業を重ねたと語っています。
華やかな売上の裏側には、積み重ねてきた努力がありました。
なぜ5年間No.1だった?独自の接客ルール
城咲仁さんが長くNo.1を維持できた背景には、独自の接客哲学がありました。
文春オンラインの本人インタビューでは、お客さんと店外で2人きりにならないことや、性的な関係を持たないこと、同伴には後輩を連れて行くことなどを、自分のルールとしていたと語っています。
また、自分に見合わないアクセサリーを身につけたり、足を組んでタバコを吸いながら偉そうに接客したりする姿勢にも否定的でした。
相手を楽しませ、また来たいと思ってもらうことを大切にしていたそうです。
こうした接客へのこだわりが、5年間No.1を維持できた理由の一つだったと考えられます。
人気絶頂でホストを引退した理由
城咲さんは2005年にホストを引退し、タレントに転身しました。
本人は、ホストを始めた頃から5年ほどで辞めるつもりだったとインタビューで語っています。
実際には約6年間活動しましたが、営業をしなくても指名が入るようになった環境に居続けることへの危機感もあったそうです。
新しい世界に挑戦したいという気持ちも重なり、人気が落ちたからではなく、活躍している時期に次の道へ進む決断をしました。
テレビ出演と芸能界転身後の苦労
ホスト引退後は『踊る!さんま御殿!!』『笑っていいとも!』『ダウンタウンDX』『めちゃ×2イケてるッ!』などのバラエティ番組に出演しました。
ドラマ『危険なアネキ』『電車男』などにも出演し、2006年には『ブルドッグ』のカバーでCDデビューもしています。
2000年代にテレビを見ていた人には、ホスト時代だけでなくタレントとしての城咲さんも懐かしいのではないでしょうか。
テレビで見かけなくなったのはなぜ?
芸能界に転身した当初は多数の番組に出演しましたが、やがて出演機会が減少しました。
本人はインタビューで、ホストクラブでの会話と、短時間で笑いを求められるバラエティ番組のトークには違いがあり、苦労したと振り返っています。
その後は資格の勉強や商品開発に取り組み、通販の仕事で再び活躍の場を広げました。
実家「丸鶴」のチャーハンも商品化
城咲さんの実家は、東京都板橋区で長年親しまれた中華料理店「丸鶴」です。
40代になってから父親のもとでチャーハン作りを学び、店を手伝う姿も紹介されました。
丸鶴は2024年12月28日に閉店しましたが、城咲さんは冷凍チャーハンなどの商品を通じて店の味を伝える取り組みを行っています。
ホスト時代から現在の通販まで、人に喜んでもらう仕事を続けている点は、父親が営んだ店との共通点にも見えます。
城咲仁は結婚している?妻と子供について
妻はタレントの加島ちかえ
城咲仁さんは2021年4月、タレントの加島ちかえさんと結婚しました。
2人は友人関係を経て交際し、結婚後も夫婦で近況を発信しています。
2026年に第一子となる女の子が誕生
2026年2月13日、夫妻は第一子となる女の子の誕生を発表しました。
この日は発表日であり、実際の出生日を示すものではありません。
城咲さんは48歳で父親になり、本人ブログでも喜びを伝えています。
かつて歌舞伎町で人気を集めた城咲さんが、今では家庭を持ち、父親として新しい日々を送っていることにも時代の流れを感じます。
城咲仁が元祖カリスマホストと呼ばれる理由
城咲仁さんが活躍した2000年代前半は、ホストクラブの世界がテレビを通じて広く知られるようになった時代でした。
クラブ愛で5年間No.1という実績を残し、人気絶頂でホストを引退。その後もタレント、通販の商品紹介、会社経営へと活動を広げています。
華やかな成功だけでなく、仕事が減った時期や生活の変化を経験しながら、新しい仕事を築いてきました。
ホスト、タレント、商品プロデューサー、そして父親へ。
私自身も2000年代にテレビやネットで城咲仁さんを見ていたので、現在の姿を知ると懐かしい気持ちになります。
当時の華やかな姿も印象的でしたが、経験を生かして新しい仕事を続ける今後の活動にも注目したいですね。
