ドラフト会議で名前を呼ばれなかった選手が、数年後にドラフト1位になり、プロ野球のタイトルまで獲得する。そんな逆転劇が実際にあります。
秋山翔吾、山﨑康晃、度会隆輝、青柳晃洋。いずれも一度は指名漏れを経験した選手です。2026年には、3年連続で指名されなかった相羽寛太も阪神から4位指名を受けました。
今回は指名漏れを経験した有名選手10人の歩みと、プロ入りできなかった選手のその後、指名されない理由まで紹介します。
ドラフトで指名漏れするとどうなる?
「指名漏れ」とは、ドラフトでどの球団からも指名されなかったことを指します。プロ志望届を出した高校生・大学生でも、指名がなければそのドラフトでNPB球団に入団することはできません。
ただし、そこで野球人生が終わるわけではありません。大学、社会人野球、独立リーグなどで実績を積み、数年後に再挑戦できます。なお、育成ドラフトで指名された選手は「指名漏れ」ではありません。育成指名を断った場合も別のケースです。
高校時代に注目されたのに指名漏れした選手
秋山翔吾|高校では指名なし、大学を経て最多安打記録
横浜創学館高校からプロを目指した秋山翔吾は、2006年のドラフトで指名されませんでした。八戸大学に進み、2010年のドラフト3位で西武へ。2015年には当時のNPBシーズン記録となる216安打を放ちました。
高校でプロ入りできなかった選手が、球界屈指の安打製造機へ。指名漏れからの成功例として外せない存在です。
山﨑康晃|帝京高校で指名漏れ、4年後はドラフト1位
帝京高校の山﨑康晃は2010年にプロ志望届を提出しましたが指名されず、亜細亜大学へ進学しました。大学で力を伸ばし、2014年にDeNAからドラフト1位指名。プロでは新人王に輝き、2018年と2019年に最多セーブのタイトルを獲得しました。
侍ジャパン公式サイトでも、高校時代の指名漏れと大学での成長が紹介されています。
度会隆輝|横浜高校からENEOSへ、3球団競合の1位指名
度会隆輝は横浜高校時代の2020年ドラフトで指名されず、社会人野球のENEOSへ進みました。2022年の都市対抗野球では橋戸賞を獲得。2023年のドラフトでは3球団が1位指名で競合し、DeNAが交渉権を獲得しました。
高校時代の指名漏れが、社会人野球で打撃を磨く時間につながった好例でしょう。
青柳晃洋|高校で指名されず、阪神で最多勝投手に
川崎工科高校の青柳晃洋も2011年のドラフトで指名されず、帝京大学へ進学。2015年に阪神から5位指名を受けました。プロでは2021年、2022年にセ・リーグ最多勝を獲得しています。
髙橋遥人|常葉橘高校から亜細亜大学を経て阪神へ
髙橋遥人は2013年の高校時代に指名漏れを経験し、亜細亜大学へ進学。2017年に阪神からドラフト2位指名を受けました。けがに苦しみながらも、プロで高い投球能力を示してきた左腕です。
大学・社会人で指名漏れした有名選手
竹田祐|大学でも社会人でも指名漏れ、最後はDeNA1位
明治大学の竹田祐は2021年に指名されず、三菱重工Westへ進みました。社会人でも指名を逃す年がありましたが、挑戦を続けて2024年のドラフトでDeNAから1位指名を受けています。
最初の指名漏れから3年。プロの評価が変わるまで、地道に実績を積み上げたケースです。
相羽寛太|3年連続指名漏れから2026年阪神4位
静岡高校からヤマハへ進んだ相羽寛太は、指名対象となった2023年から2025年まで3年続けて指名漏れを経験しました。2025年の都市対抗野球では首位打者に輝きながら、その年も名前は呼ばれませんでした。
それでも諦めず、2026年10月22日のドラフトで阪神から4位指名。24歳でつかんだ「4度目の正直」です。指名後には、まず守備で貢献し、打撃でもチームの力になりたいという意欲を語っています。
指名漏れから再挑戦してプロ入りした歴代選手10人
| 選手 | 指名漏れ | 後の指名 |
|---|---|---|
| 秋山翔吾 | 2006年・高校 | 2010年 西武3位 |
| 山﨑康晃 | 2010年・高校 | 2014年 DeNA1位 |
| 福谷浩司 | 2008年・高校 | 2012年 中日1位 |
| 杉浦稔大 | 2009年・高校 | 2013年 ヤクルト1位 |
| 多和田真三郎 | 2011年・高校 | 2015年 西武1位 |
| 青柳晃洋 | 2011年・高校 | 2015年 阪神5位 |
| 髙橋遥人 | 2013年・高校 | 2017年 阪神2位 |
| 度会隆輝 | 2020年・高校 | 2023年 DeNA1位 |
| 竹田祐 | 2021年・大学 | 2024年 DeNA1位 |
| 相羽寛太 | 2023〜25年・社会人 | 2026年 阪神4位指名 |
高校で指名されなかった選手が大学卒業時に1位指名される例は、決して一つや二つではありません。一方で、2026年の相羽は指名直後の段階です。実際に入団して一軍で活躍した選手と、これからプロ入りを目指す選手は区別して見ておきましょう。
ドラフト指名漏れ後の進路は大学・社会人・独立リーグ
高校生は大学進学や社会人野球、独立リーグなどを選べます。大学生は社会人野球や独立リーグへ進み、もう一度ドラフトを待つことができます。
社会人野球にはNPBドラフトの指名対象となるまでの在籍年数に関する規定があります。高校卒業後に企業チームへ進んだ選手は原則3年目、大学卒業後は原則2年目から指名対象です。独立リーグにはまた異なる扱いがあるため、全員が翌年すぐ再挑戦できるとは限りません。
指名漏れ後に一軍で活躍した選手
結果で見れば、秋山翔吾の2015年216安打、山﨑康晃の最多セーブ、青柳晃洋の最多勝は特に印象的です。多和田真三郎も高校時代の指名漏れから富士大学を経て西武に入団し、2018年に16勝でパ・リーグ最多勝を獲得しました。
ドラフト当日の評価が、その選手の到達点を決めるわけではない。こうした実績は、そのことを数字で示しています。
プロ入りせず別の道に進んだ選手
谷田成吾|「由伸2世」と呼ばれた強打者のその後
慶應義塾大学の谷田成吾は、大学日本代表にも選ばれた左の強打者でした。高校時代には通算76本塁打を記録し、元巨人の高橋由伸になぞらえて「由伸2世」と呼ばれたこともあります。
しかし、2015年のドラフトでは指名されませんでした。その後はJX-ENEOS(現ENEOS)、独立リーグの徳島インディゴソックスでプレーしましたが、NPB入りは実現せず現役を引退しています。
実力者でもプロ入りの夢がかなわないことがある。ドラフトの厳しさを物語る事例です。
ドラフトで指名されない主な理由
指名漏れの理由は、単純に「実力不足」とは限りません。球団が必要とする守備位置、年齢構成、故障歴、将来性、本人の進路希望など、さまざまな要素が絡みます。
ドラフトでは他球団の指名状況によって方針が変わることもあります。事前に高く評価されていた選手が、当日の巡り合わせで指名されないケースもあるのです。
ただし、球団が個別に理由を明かしていない限り、「けがが原因だった」「契約条件が合わなかった」と断定することはできません。
まとめ|指名漏れは野球人生の終わりではない
ドラフト指名漏れを経験しても、秋山翔吾や山﨑康晃のようにタイトルを獲得する選手がいます。2026年の相羽寛太のように、何年も挑戦を続けてようやく指名される選手もいます。
一方、谷田成吾のようにプロ入りできず、別の道へ進む選手もいます。だからこそ、ドラフト当日の結果だけで選手の将来を判断することはできません。
数年後、今年名前を呼ばれなかった選手が、ドラフト1位の主役になっているかもしれません。
