偏差値40から医学部に合格した元子役の「えま」さんが、15歳と22歳のビフォーアフター動画で注目を集めています。いったい誰で、どこの大学に通っているのでしょうか。
えまさんの本名は松好映実(まつよし・えま)さん。昭和医科大学医学部医学科に通う、2004年4月22日生まれの22歳です。2025年にはミスユニバーシティ三重代表として日本大会にも出場しています。
実は、医師を志した背景には中学時代の忘れられない出来事がありました。子役時代の活動や受験生活、現在の姿までたどってみます。
元子役えまの本名は松好映実!大学は昭和医科大学
ミスユニバーシティ2025の公式プロフィールによると、えまさんの本名は松好映実さん。奈良県出身で、身長156cm。趣味は寺社仏閣巡り、ボーカル、ゴルフで、特技には詩吟と書道を挙げています。
医学部は昭和医科大学医学部医学科。ニュースでは大学名まで紹介されないこともありますが、コンテスト主催者の公式インタビューには大学・学部・学科が明記されています。
ちなみに奈良県出身ながら、ミスユニバーシティ2025には三重県代表として出場。三重県グランプリを経て日本大会の舞台に立ちました。
子役時代は何に出演?芸能活動と勉強を両立
えまさんは小学生の頃、学校生活や人間関係に悩んでいたといいます。そんなときに出会った芸能活動は、自分らしく表現できる大切な居場所になりました。
芸能活動を続けながら医学部受験を目指し、中学・高校時代にはテスト期間中も舞台や撮影の仕事が入ることがあったそうです。試験を終えると、母親の送迎で仕事の現場へ向かうことも。本人はその日々を充実していたと振り返っています。
高校3年生のときに出演した映画の上映会写真も報道で紹介されています。ただし、出演作品のタイトルや役名を網羅できる公的な出演歴は見つからず、特定の有名ドラマに出演していたといった推測はできません。
偏差値40から医学部へ!学年1位だった時期も
SNSで注目されたのは、15歳の頃の写真と22歳の現在を並べた動画。「二兎追う者だけが二兎を得る」というメッセージには、芸能活動も医学部への夢も諦めなかった思いが込められています。
えまさんは当初の偏差値が40だったと紹介されています。一方、本人への取材では中学時代に学年成績1位を取ったことも明かされました。
一見すると不思議ですが、校内順位と模試の偏差値は別の指標です。偏差値40を記録した時期や模試の種類までは示されていないため、単純に比較はできません。
医学部受験の勉強については、公式インタビューで朝5時、早いときは4時半に起床し、移動中も教材を開き、夜22時まで勉強していたと語っています。順調な日ばかりではなく、気持ちの浮き沈みもあったそう。それでも仲間と支え合いながら努力を重ねました。
医師になろうと決めたのは中学1年生の電車内
えまさんが医師を目指す決意を固めたのは中学1年生のとき。通学中の電車で高齢者が倒れる場面に遭遇し、自分には何もできなかったことが強く心に残ったと、本人へのインタビューで明かしています。
人を助けたいと思っても、知識や技術がなければ動けない。その経験が医師への道を選ぶ大きなきっかけになったようです。
ミスユニバーシティの公式インタビューでは、患者から信頼され、心に寄り添える外科医になることを将来の夢として語っています。華やかなSNSでの姿の裏に、医療への真剣な思いがあるのですね。
ミスユニバーシティ2025三重代表!東洋医学への関心も
2025年9月、えまさんはミスユニバーシティ日本大会に出場しました。自分を表す言葉として選んだのは「七転八起」。失敗しても立ち上がり、次に生かすという考え方は、受験の経験とも重なります。
大会のスピーチでは、祖父が治療法のない病気に直面した際、鍼治療を受けて表情が明るくなった経験に触れ、東洋医学と西洋医学をつなぐ架け橋になりたいという思いを語りました。
2025年には『鬼滅の刃』の竈門禰豆子のコスプレも披露。高校1年生から作品のファンで、『無限列車編』を映画館で繰り返し観たというエピソードもあります。医学生という肩書だけでは収まらない、多彩な一面が見えてきます。
現在は22歳の医学生インフルエンサー
2026年10月現在、えまさんは医学生として学びながら、Instagramなどで医学部生活や勉強法、日常の様子を発信しています。
15歳から22歳への変化を紹介した動画は、10月14日の報道時点で210万回以上再生されました。容姿の変化だけでなく、夢を追い続けた姿勢にも反響が集まっています。
元子役、医学部生、ミスコン出場者、そして発信者。どれか一つだけを選ぶのではなく、自分の興味と目標に向き合い続けていることが、えまさんの魅力なのかもしれません。
まとめ
話題の元子役えまさんは、昭和医科大学医学部医学科に通う松好映実さんです。中学1年生で人を助けられなかった経験から医師を志し、芸能活動と勉強を両立。2025年にはミスユニバーシティ三重代表としても活動しました。
偏差値40という数字だけでは語れない、長い努力とさまざまな挑戦があったことが分かります。将来どんな医師になるのか、これからの歩みにも注目です。
参考情報
ミスユニバーシティ2025三重代表・公式インタビュー/ほ・とせなNEWS・本人取材/ACTRESS PRESS・大会スピーチ/ミスコン協会・鬼滅コスプレ記事
