ブリテリの現在は?結婚・子供・仕事とegg時代の伝説を振り返る

1990年代後半、ギャル雑誌『egg』でひときわ目立っていたブリテリさん。

真っ黒に焼けた肌と大胆なメイク。2000年3月号の表紙を覚えている人も多いのではないでしょうか。

そんなブリテリさんは、現在どうしているのでしょう。

2018年には結婚し、かつてのモデル仲間から祝福されていました。

最近の仕事や家族について詳しい発信は見られませんが、仲間との再会からは『egg』時代の絆が伝わってきます。

目次

ブリテリの現在は?結婚・子供・仕事

2018年に結婚!旦那さんはどんな人?

結婚が分かったのは、2018年11月に元『egg』モデルの水野祐香さんがInstagramで公開した投稿です。

「ゴングロ3兄弟with U」のメンバーが集まり、ブリテリさんの結婚を祝福していました。

水野さんは旦那さんと以前から面識があり、優しい人だと紹介しています。

さらにブリテリさんについて、実はシャイでこだわりが強く、発想が面白い人だったとも振り返っていました。

誌面の迫力ある姿とはまた違う、仲間だからこそ知る一面ですね。

旦那さんの名前や職業、最近の夫婦生活については詳しく語られていません。

水野祐香さんによる結婚祝いの投稿はこちら。

子供はいる?

2018年の結婚祝いには、メンバーの子供たちも集まっていました。

ただし、この写真だけでブリテリさん自身に子供がいるとはいえません。

ブリテリさんの家族構成については、本人から詳しい発信はされていないようです。

現在の仕事は?

モデル活動を終えた後は、別の仕事に就いたと紹介されることもあります。

一方、具体的な職種や勤務先は公表されておらず、現在も同じ仕事を続けているかは分かっていません。

『egg』時代のようにテレビや雑誌へ継続的に出演している様子は、近年見られなくなりました。

Instagramや最近の交流は?

本人が運営していると確かめられるInstagramアカウントは、現在のところ見つかっていません。

それでも水野祐香さんのSNSやブログには、ブリテリさんの近況を伝える貴重な投稿が残っています。

2017年8月にはブリテリさん、ふみっこさん、水野さんが再会。

翌2018年にはあこ吉さんも加わり、結婚を祝いました。

2017年の再会写真はこちら。

最近の集合写真は見つかっていませんが、10代から続く友情が大人になっても残っていたことが分かります。

ブリテリのegg時代!ゴングロ3兄弟と伝説の表紙

本名・年齢・身長は?

ブリテリさんは1990年代後半に『egg』で活躍したギャルモデルです。

過去のモデル紹介サイトでは、本名を駒田真利(こまだ・まり)、生年月日を1980年2月23日と紹介しています。ただし、これらは本人の公式プロフィールでは裏付けが取れていないため、参考情報として見るのがよさそうです。

一方、身長は169cmと水野祐香さんが公式ブログで紹介しています。

厚底サンダルを履けばさらに目立つ長身。渋谷でも存在感があったことでしょう。

「ブリテリ」という愛称は、黒く日焼けした肌を魚のブリの照り焼きに例えたことが由来と紹介されています。

ゴングロ3兄弟with Uとは?

ブリテリさん、あこ吉さん、ふみっこさん、水野祐香さんの4人で知られた「ゴングロ3兄弟with U」。

名前は1999年にヒットした「だんご3兄弟」をもじったものです。

水野さんは他の3人ほど黒く焼いていなかったため、グループでは「いとこ」という設定だったそうです。

ブリテリさんは、その中でもリーダー的な存在でした。

もともと渋谷で一緒に遊んでいた仲間たちが雑誌に登場したという背景も、当時の『egg』らしいところ。

街で目立っていた女の子たちが、いつの間にか全国のギャルに知られる存在になっていきました。

2000年3月号の表紙が伝説に

ブリテリさんの代名詞といえば、2000年3月号の『egg』の表紙です。

真っ黒に焼けた顔を大胆にアップで写したビジュアルは、今見ても強烈なインパクトがあります。

水野さんは公式ブログで、この号が『egg』史上最高の売り上げとなり、実売50万部に達したと振り返っています。

当時のギャル文化がどれほど勢いを持っていたかを物語るエピソードです。

笑っていいとも・めちゃイケにも出演

活動の場は雑誌だけではありませんでした。

水野さんの公式ブログによると、ブリテリさんは『笑っていいとも!』で夏休み期間のレギュラーを務め、『めちゃ×2イケてるッ!』の「お台場警察」にも出演していたそうです。

『egg』を読んでいなくても、テレビで見かけた記憶がある人もいるかもしれません。

ガングロブームと渋谷の青春、その後の友情

1990年代後半の渋谷は、ガングロ文化の中心地でした。

日焼けした肌を強調したガングロ、さらに黒さを追求したゴングロ、目元や口元の白いメイクが特徴的なヤマンバ。

呼び名やスタイルには重なる部分もありましたが、ブリテリさんたちはまさに黒肌ギャル文化の最盛期を駆け抜けた世代です。

センター街とクラブ「パイロン」の思い出

水野さんは当時、パレオやレイを身につけてセンター街を歩き、クラブ「パイロン」で踊っていたことを振り返っています。

ファストフード店の前にゴザを敷き、人間観察をしたというエピソードまで残っています。

今では想像しにくい光景ですが、あの時代の渋谷にはそんな自由な空気がありました。

仲間と遊び、好きなファッションを楽しんでいた女の子たちが、そのまま雑誌の人気者になる。そこに『egg』ならではの魅力がありました。

2014年の休刊パーティー、19年間の誕生日会

2014年に『egg』が休刊した際のパーティーにも、ブリテリさんとあこ吉さんが参加したと水野さんはブログに記しています。

さらに2017年には、ブリテリさんの誕生日会が開かれました。

水野さんによると、メンバーは18歳頃に出会い、19年間にわたって誕生日を祝い合ってきたそうです。

生活環境が変わったことから恒例の誕生日会は一区切りとなりましたが、翌2018年にはブリテリさんの結婚を祝って4人が再会しました。

雑誌の活動が終わっても、渋谷で出会った仲間たちの友情は長く続いていたのです。

最近のブリテリさんの暮らしはあまり表に出ていません。それでも、あの2000年3月号の表紙と個性的な姿は、平成ギャル文化を語るうえで欠かせません。

いつかまたゴングロ3兄弟がそろった姿を見られたら、当時のファンにとってもうれしい再会になりそうです。

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