東京の人気カレー店「SPICY CURRY 魯珈(ろか)」の店主として知られる齋藤絵理さん。
テレビやYouTube、商品監修などでも知られていますが、実はカレー料理人になる前にダンサーとして活動していた異色の経歴の持ち主です。
さらに大学時代の魯肉飯店でのアルバイト経験が、現在の「カレー×魯肉飯」という魯珈のスタイルにつながっています。齋藤さんの経歴と現在までを整理します。
魯珈の店主・齋藤絵理はどんな人?
「SPICY CURRY 魯珈」の店主は、カレー料理人の齋藤絵理(さいとう・えり)さんです。
- 名前:齋藤絵理
- 生年:1983年
- 出身:東京都
- 職業:カレー料理人、「SPICY CURRY 魯珈」店主
- 開業:2016年
MBS「情熱大陸」の公式プロフィールによると、齋藤さんはカレー好きの両親のもとで育ち、幼いころから家族でさまざまなカレー店を訪れていました。高校生になると友人とカレーを食べ歩くようになり、このころには将来カレー店を開くことを考えていたといいます。
ただし、卒業後すぐに料理人になったわけではありません。大学時代から卒業後にかけてのダンス経験と、魯肉飯との出会いが後の魯珈につながっていきます。
齋藤絵理は元ダンサー!大学時代から魯珈開店までの経歴
大学時代はダンスと魯肉飯店のアルバイト
齋藤さんは大学在学中、ダンスに打ち込む一方、魯肉飯の専門店でアルバイトをしていました。
本人のインタビューでは「鬍鬚張魯肉飯」で働いていたことを明かしており、そのころから将来カレー店を開いたら魯肉飯も出したいと考えていたといいます。
現在の魯珈を象徴するスパイスカレーと魯肉飯の組み合わせは、大学時代の経験が原点になっているわけです。
大学卒業後は約2年間ダンサーとして活動
大学卒業時にはCoCo壱番屋から内定を得ていましたが、MBS「情熱大陸」によると内定を辞退。その後、約2年間ダンサーとして生活しました。
一度はダンスの道へ進んだものの、最終的には高校時代から思い描いていたカレーの世界へ進むことになります。
エリックサウスで約7年間修業
2008年、齋藤さんは南インド料理店「エリックサウス」に入ります。
そこで約7年間、カレー作りや店の運営を学びました。そして2016年、東京・大久保に自身の店「SPICY CURRY 魯珈」をオープンします。
魯珈はなぜ人気?カレーと魯肉飯を一皿に
魯珈を代表するメニューが「ろかプレート」です。
本格的なスパイスカレーと台湾料理の魯肉飯を一皿で楽しめるのが大きな特徴。子どものころから好きだったカレーと、大学時代に仕事として関わった魯肉飯という、齋藤さんの二つの経験が現在の店で一つになっています。
魯珈は開業後に評価を高め、2017年には「Japanese Curry Awards」の新人賞を受賞。「ミシュランガイド東京」では2020年版から2023年版まで4年連続でビブグルマンに選ばれています。
2019年にはMBS「情熱大陸」に出演。番組では店で働くだけでなく、休日にもカレー店を食べ歩き、多いときには1日に3〜4軒を巡る姿が紹介されました。
齋藤絵理の現在は?魯珈と商品監修で活躍
齋藤さんは2026年現在も「SPICY CURRY 魯珈」の店主として活動しています。
魯珈は2023年6月に移転。現在の店舗は東京都新宿区百人町にあります。
店舗以外にも食品メーカーとのコラボレーションやカレー商品の監修、レシピ紹介、テレビやYouTubeなど幅広い活動を続けています。
2021年には『魯珈のスパイスカレー本』を出版。ハウス食品のGABAN公式サイトにも料理人として登場し、スパイスの使い方やレシピを紹介しています。
さらに魯珈は「The Tabelog Award 2026 Bronze」を受賞し、「食べログ カレー TOKYO 百名店 2026」にも選出されています。開業から10年を迎える2026年にも高い評価を得ていることが分かります。
ダンサーやアルバイト時代の経験も現在の魯珈へ
齋藤絵理さんは、高校時代にカレー店を開く夢を持ち、大学ではダンスと魯肉飯店でのアルバイトを経験。卒業後には約2年間ダンサーとして活動した後、エリックサウスで約7年間修業しました。
そして2016年に魯珈を開業。大学時代に出会った魯肉飯と、幼いころから大好きだったカレーを組み合わせた独自のスタイルを作り上げています。
現在は店を守りながら商品監修やメディア出演にも活動を広げています。料理人になるまでの一見異なる経験が、結果として現在の魯珈につながっているところも齋藤さんの経歴の興味深い点です。